t>

知的財産と聞くと、特許による模倣防止や権利保護といった「守り」のイメージが強い。しかし近年、特許や標準化を活用して市場ルールそのものを形成し、競争優位を築く「攻めの知財」が注目を集めている。従業員数120人余りの精密センサーメーカー「メトロール」(東京都立川市)の松橋卓司社長(68)は、知財を「守る権利」ではなく、「世界市場で勝ち抜くための経営戦略そのもの」と位置付ける。NDA(秘密保持契約)を入り口に特許で独自技術を守り、その技術を生かせる測定ルールの国際標準化を通じて世界市場のルールメーカーを目指す。
松橋社長は2009年に社長に就任した2代目で、創業者の父は内視鏡開発に携わった技術者。松橋社長は、工作機械における切削工具の精密位置決めセンサーの開発・生産・販売へと事業展開を世界に広げてきた。現在は加工位置を1ミリの1000分の1(1ミクロン)単位の精度で決められる高精度センサーを主力としている。
電気式とは異なる精密機械式センサーを独自に磨き上げ、油や水がかかる過酷な製造現場でも壊れにくい耐久性を実現したのも強みだ。取引先は世界約80カ国に広がり、売り上げの5~6割を海外顧客が占める。精密位置決めセンサーの分野で「グローバルニッチトップ(GNT)企業」としての地位を築いてきた。
「父の代から国際競争にさらされ、模倣被害にもあった。父は知財と標準化には人一倍気を配っていたが、他社にシェアを奪われることもあった」
通常10年はかかる研究開発(R&D)に投じた資金、人材、時間、結実した技術をどう守り、利益につなげるか。「そのために知財がある」と松橋社長。知財は「経営、営業、契約、標準化まで一体となった経営そのもの」と気付いた。
松橋社長が繰り返した言葉がある。「知財だ、特許だと言う前に、NDAがすべての入り口になる」
欧米の外国企業との取引では共同研究や技術説明、サンプル提供、商談について、まずNDAを結んでから行うのが当然の商習慣だが、「日本企業は性善説で契約ベースの商取引に慣れていない」と表情を曇らせる。
背景には苦い思い出がある。工場見学や展示会などを通じて自社製品が中国や韓国の企業に模倣された。また「国内の取引先が安価な調達先を求め、技術情報を別会社に横流しして同等品を安く作らせるケースも珍しくなかった」と振り返る。
こうした経験から、現在気軽に行われている工場見学ですら、NDAにサインをしてから行うべきだと考えるようになった。「重要な製造工程の写真を気軽にSNSに公開されたら、世界に拡散し、もはや消すことはできない」
さらに注力するのが、守る領域と広げる領域を使い分け、市場形成につなげる「オープン&クローズ戦略」だ。センサーの内部構造など競争力の源泉となるコア技術は特許で守る。一方で製造現場で何をどう測るかというルールづくりに関わることで、自社製品が標準技術として業界に広まることを狙う考えだ。
松橋社長の知財経営は今、宇宙分野へと広がろうとしている。同社は放射線が飛び交う環境や200度を超える高温や、マイナス100度の低温にも耐えられるセンサーの開発を視野に入れる。「世界各国の衛星に当社のセンサーが搭載され、空に輝く星のように宇宙で飛んでいるのが私たちの夢」と松橋社長。「特定の大手企業に従属せず、代替の利かないオリジナルの技術で、開発から製造・販売まで自社で手掛け、世界の企業と対等に交渉していく姿勢は変わらない」と襟を正した。