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穏やかな瀬戸内海に浮かぶ「うさぎの島」大久野島。しかし、ここではかつて毒ガスが製造され、地図から消されていた――。なぜ”消された島”は今、多くの観光客を惹きつけるのか。島の光と影を取材しました。
大久野島は広島県竹原市に位置する周囲約4キロの小さな島だ。1929年から1945年にかけて、日本陸軍の毒ガス工場が置かれ、ここでマスタードガスやルイサイトなどが製造されていた。当時、島は極秘とされ、地図からも消されていた。住民は島から退去させられ、島の存在そのものが隠されたのである。
工場では約16年間にわたり、延べ数千人の作業員が従事したが、危険な作業の中で多くの人が被曝し、健康を損ねた。現在も島にはコンクリート造りの工場跡や貯蔵庫の廃墟が残り、戦争の生々しい傷痕を伝えている。島内にある大久野島毒ガス資料館には、製造に使われた器具や資料が展示され、当時の過酷な労働環境を物語っている。
戦後、毒ガス工場は廃止され、島は長く放置された。やがて観光地として再出発した島には、現在200羽以上のウサギが生息し、『うさぎの島』として知られている。ウサギたちは観光客からエサをもらうことに慣れ、年間20万人以上の人々がこの島を訪れる。フェリーで島に渡ると、すぐにウサギたちが寄ってくる光景が見られる。
美しい瀬戸内海の風景と愛らしいウサギに癒やされる一方、島には”地図から消された”という重い歴史がある。観光客の多くは、のどかな島の風景の裏側にある戦争の記憶を知らずに訪れることも少なくない。毒ガス資料館を訪れ、歴史に向き合うことで、この島の本当の姿が見えてくる。光と影が同居する大久野島は、語り継ぐべき日本の記憶のひとつである。