
大阪市北区中崎町。レトロな木造家屋や長屋が残るこの街の一角に、今年3月、新たなハンバーガー店が産声を上げた。店主を務めるのは、かつて箱根駅伝の舞台で激闘を繰り広げた市川孝徳さん(35)である。市川さんは、競技生活で経験した大きな挫折を救ってくれた故郷の食材を用い、訪れる人々をハッピーにしたいという願いを込めて店を切り盛りしている。
高知県四万十町出身の市川さんは、幼少期にテレビで見た箱根駅伝に魅了され、自らもその舞台を走ることを志した。地元の高知工業高から名門・東洋大へと進学すると、4年連続で箱根路に出場するという快挙を成し遂げている。彼が任されたのは、復路のスタートであり、標高差800メートルを一気に駆け下る過酷な6区であった。特殊な技術と強靭な精神力が求められるこの区間で、彼はチームの命運を背負い続けた。
大きな転機となったのは、大学2年生で迎えた2011年の大会である。往路を制した東洋大のトップランナーとして6区をスタートしたが、早稲田大の選手に追い抜かれるという屈辱を味わった。チームが総合2位に終わったこの敗北は、後に東洋大の代名詞となる「その1秒をけずりだせ」というスローガンが生まれる原点となった。わずかな差が勝負を分ける駅伝の厳しさを、彼は身をもって知ることになったのである。
その後の市川さんは、敗北のトラウマから「もう6区は走りません」と監督らチーム関係者に告げ、過酷な山下りから逃れようとした時期があった。周囲から「立ち向かおう」と何度も励ましの声をかけられながらも、心の中では葛藤が渦巻いていた。当時の心境について、市川さんは「でも、箱根の1カ月前まで、僕は逃げてしまっていた」と赤裸々に明かす。重圧から逃げ出したいという自分自身の弱さと向き合う日々は、彼にとって走ること以上に苦しいものだった。
そんな彼をどん底から救い上げたのは、故郷の温かな人々との交流と、地元の食材を活かした料理の数々だった。現在はその時の恩返しとして、高知県産の豚肉や牛肉を使用したこだわりのハンバーガーを看板メニューに据え、勝負に挑んでいる。挫折を乗り越えた経験があるからこそ、提供する一皿に込める情熱には並々ならぬものがある。かつて箱根を沸かせたランナーは今、大阪の地で第2の人生を全力で駆け抜けている。