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イラン核開発の原点:米国支援から革命で断絶、自主開発へ 坂梨祥氏インタビュー③

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Mika Nakamura
国際 - 28 7月 2026

イランと米国の主要な対立点の1つが核開発問題だ。ウランは濃縮度90%になると核兵器に転用できるといわれ、イランが保有するウランの濃縮度は60%まで上がった。イランに詳しい日本エネルギー経済研究所の坂梨祥氏のインタビューの3回目は、核開発を巡る問題について見解を紹介する。

「イランが革命により反米に転じる前の1950年代、アイゼンハワー米大統領が唱えた『アトムズ・フォー・ピース(核の平和利用)』という構想により、米国から研究用原子炉が供与され、テヘランに建設されたのが始まりだ」

「続いてイランは核拡散防止条約(NPT)に加盟し、70年代には独仏などからも支援を受けて原子力開発を拡大させる。しかし、こうした流れはイスラム革命(79年)で止まってしまう。反米国家となり制裁を科されたからだ」

「イランは『必要なものは自分で作らなくてはならない』という状況に追い込まれ、80年代中盤以降は(各国の支援を受ける立場から自主開発路線への)切り替えが進んだ。着々と原子力関連の技術力を向上させ、敵視するイスラエルは『イランは核兵器開発を行っている』と主張し続けてきた。原子力開発は反米的な国が進めると批判が起きる」

――2001年に米中枢同時テロが起き、ブッシュ米大統領は02年1月の一般教書演説でイラン、イラク、北朝鮮を「悪の枢軸」と名指しした

「その02年8月、在外の反体制派は、イランが核開発を行っていると暴露した。イラク戦争は03年だが、米国は02年8月から『次の標的はイランだ』という布石を打っていたことになる。イランはそれ以降、あの手この手を使い、攻め込まれて体制が崩壊するようなことのないよう努めてきた。これが通用せず、昨年6月に起きたのが米イスラエルとイランの12日間戦争であり、今年2月末からの戦闘だ」

編集部注:この記事はAIを使用して作成されており、産経新聞の記事を元に、内容を変更せずにリライトしたものです。
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