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その日、和子は書斎から響く父の怒鳴り声を聞いた。相手は鳩山一郎だった。「アカがかった」人物の起用をめぐって、二人の男が激しく口論していた。
和田博雄。名前こそ聞き覚えがあるが、どんな人物か和子はよくわからない。農林官僚から政治家になったらしいが、どうやら父が大嫌いな共産党につながっているのではないか。そう考えるだけで、和子の胸は不安でいっぱいになった。
父・吉田茂は言った。「あんな人物を入閣させるわけにはいかない。アカがかった思想の持ち主は危険だ」。一方の鳩山は「彼の能力は買っている。政治的な色で排除するのは間違いだ」と譲らない。
声は次第に大きくなり、ついに鳩山が「もう総理はやらん」と吐き捨てるように言い放った。和子は襖の向こうで、二人の男の衝突が決定的になったことを感じた。
父は頑固だ。しかし鳩山もまた、自分の信念を曲げようとしない。若き日の和子には、政治の世界が二人の男の意地と誇りで回っているように思えた。