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知り合いの中に、親の遺産で一生食べていける人間が何人かいる。彼らには働いて金を稼ぐ必要がない。私のように必死で働かなければ生活費に困る身からすれば、まぶしいほどの存在だ。そうした人たちは、いったいどのような一生を送るのだろうか。
彼らの多くは余裕があるから大学まで出ている。複数の大学を卒業した者もいる。しかし卒業後に就職はしない。その代わり、趣味に生きるのだ。読書、翻訳、音楽鑑賞、さらには楽器製作にまで手を広げる。翻訳も楽器作りも、売ろうという考えはない。純粋に自分の楽しみとしてやっているため、「売れるようにしなければ」という邪心がなく、作品は実に趣がある。売文を書く者には、まぶしすぎるほどだ。
ところが、彼らも結局のところ、何か仕事のようなことを始める。そして、どんどん打ち込むようになる。いっぽうで、そういったことを一切せず遊び暮らす人は、酒や薬、異性関係に溺れて身を持ち崩しやすい。
この観察が示すのは、人間にとって自由と余暇だけでは幸福が成り立たないということだ。むしろ自ら課題を設け、それに真剣に向き合うときに充実感が生まれる。働かなくてもいい人々でさえ仕事じみた活動に引き寄せられるのは、そのためではないか。
つまり、なぜこんなに真剣に仕事をしてしまうのかという謎は、人間の本能に根ざした行動と見れば説明がつく。アインシュタインにも解けないとされた問いも、意外に単純かもしれない。人は無目的な享楽よりも、意味ある努力の中にこそ生きがいを見いだす生き物なのである。