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今月の論壇誌が浮かび上がらせるのは、日本の安全保障を支えてきたドグマ(教義)の動揺、平成の行政改革がもたらした「政治主導」の現在地、そして知的指導力を失いつつあるメディアの黄昏である。
慶応大教授の井上正也は『中央公論』で、現代日本の安全保障政策の基盤を作った外交官・岡崎久彦の生涯を振り返った。
岡崎は首相・佐藤栄作のスピーチライターに抜擢され、「二つの中国」論あるいは「一つの中国、一つの台湾」論を展開したが、1971年7月の米大統領補佐官ヘンリー・キッシンジャーによる電撃的な北京訪問と米中接近、さらに佐藤の後を継いだ田中角栄による日中国交正常化の荒波に巻き込まれ、外務省の主流から遠ざけられた。
冷戦後の地政学的変化の中で、岡崎が唱えた「盤石な日米同盟と徹底した対中警戒」は受け入れられていく。安倍晋三政権下で限定的ながらも集団的自衛権の行使容認という形で、「かつては日本社会において異端と見なされてきた岡崎の持論は、外交政策における正統な地位を占めるに至った」と井上は指摘する。
しかし、井上が言うように、岡崎が絶対の前提とした「米国の覇権」そのものが揺らぐ現代において、私たちはどのような座標軸を持つべきなのか。
同誌で京都大大学院教授の中西寛は、「台湾海峡の平和と安全」を、明治期の首相・山県有朋が唱えた最重要防衛ラインとしての「利益線」になぞらえる。
仮に米国なき、あるいは米国の限定的介入にとどまる台湾有事が発生した際、日本はその「利益と負担」を背負う覚悟があるのか。中西は「日本にとって国家的選択の問題であり、その利益と負担について十分に議論した上で判断されるべき問題である」と問いかける。
歴史人口学者のエマニュエル・トッドは『文芸春秋』で、「日本の米追従は自殺行為だ」との持論を展開する。
トッドは「日本は、米国の『軍事的な火遊び』や自国の国益に反する『偽のナショナリズム』に同調すべきではありません。『平和は可能である』と信じ、中国、ロシア、韓国、北朝鮮と忍耐強く対話すべきなのです」と説く。
そのうえで「『米国からの自立』と『周辺国との対話』を同時に促進する手段としてこそ、『核保有』も検討すべきでしょう」と提起する。
トッドとは逆に、日米は「より深い統合を進める必要がある」と主張するのが、米スタンフォード大フーバー研究所フェローのアイク・フレイマンだ。
フレイマンは『Voice』で、「お伝えしたい核心は、『中国が台湾を武力侵攻するかどうか』ではなく、『中国が戦争をせずに台湾への出入りを事実上管理する体制をつくれるかどうか』が問題だということです。軍事侵攻よりも、むしろこの『グレーゾーン支配』を深刻な脅威として見るべきです」と強調し、日米の抑止力強化の必要性を訴える。
激変する国際情勢に対応するために国家に必要なのは、強固な意思決定システムに他ならない。今年は、2001年の省庁再編という「平成の大改革」の枠組みを決定づけた行政改革会議の発足(1996年)から30年目の節目にあたる。
東北大教授の伏見岳人は『中央公論』で、当時の行革会議主査・藤田宙靖が残した膨大な資料を読み解いた。
仙台を拠点とし、霞が関の利害から距離を置いた藤田のもとには多くのファクスが送られてきた。その中には防衛庁を「国防省」に昇格すべきだと訴えた読売新聞社社長の渡辺恒雄と、昇格を見送る「座長試案」をまとめた藤田の対立の様子が垣間見える。
伏見が「平成後期からの政治史を彩る『政治主導』や『内閣主導』、あるいは『官邸主導』の源流を、この橋本行革に見出すことは難しくない」と総括するように、この時誕生した「強い官邸」という器は、小泉純一郎政権や安倍政権のような長期政権を支えることになる。一方で、内閣官房・内閣府の肥大化などの問題も生むようになった。
一昨年12月に98歳で亡くなるまで言論界をリードした渡辺恒雄が残した6400冊の書物を渉猟した東京大名誉教授の御厨貴は、「皇室関係の書物の不在」という謎を見いだす。
「もともと天皇制反対論者」だった渡辺が読売新聞に入り、「徐々に容認へと向かい、やがて敬愛の対象になっていく」過程で、徹底した勉強家であったはずの渡辺がなぜその思索の痕跡を蔵書に残さなかったのか。
その渡辺が率いた読売新聞は皇室典範改正を巡り、「女性・女系を排除せず論じよ」として、「女性・女系の継承をあらかじめ封じようという意図が透けて見える」と、高市早苗政権を批判している。
麗澤大教授の八木秀次は『正論』で「読売が主張する女系容認こそ『皇統の断絶』となるのだが、そのことが分かっていない」と断じる。
『文芸春秋』の「新聞エンマ帖」が活写するように、かつて読売、日経、朝日、毎日の「主要四紙」が論調をそろえて政権批判を展開すれば、内閣は存亡の危機に立たされた。しかし、高市政権は、ピーク時からは大幅に低下したとはいえ、底堅い支持率を維持している。これは単なる一政権の強靱さを示すだけではない。
岡崎が夢見た「盤石な同盟に基づく自立」、橋本行革が目指した「機能的な統治機構」、そして渡辺ら言論人が信じた「世論を導く新聞」。これらはいまやことごとく変容を迫られている。自国の立ち位置を見定め、新たな国家戦略を紡ぎ出すことこそが、井上が言うように岡崎ら先達から引き継ぐべき「後進の責務」であろう。(敬称略)