
2011年3月11日、東日本大震災が発生。国土交通省に着任してわずか53日だった事務次官の徳山日出男は、未曾有の危機の中で現場総指揮を執ることになった。法律や規則の壁に阻まれながらも、被災地の声を最優先に「できない理由」ではなく「できる方法」を模索し続けた。
徳山は当時、被災地から緊急に要請された資材調達や輸送ルートの確保について、法令上は厳格な手続きが必要だった。しかし、時間的余裕はなく、彼は「ヤミ屋のオヤジ」と公文書に自ら刻み込む覚悟で、職権を行使し、規則を超えた判断を下していった。
その決断の背景には、過去の大規模災害で官僚が後手に回り、被災者にしわ寄せがいった経験があった。徳山は「法律は人を守るためにある。法律が人を縛るのであれば、それを解くのも行政の役目だ」と周囲に語り、現場の職員も一丸となった。
結局、彼の「越権行為」ともいえる判断は、その後の復旧・復興を大幅に加速させた。しかし、後に徳山は「踏み越えた法規の重みは決して忘れてはならない」と述べ、適切な制度改正の必要性も訴えている。
この経験は、真のリーダーとは何かを問い直す契機となった。規則に従うだけが正義ではなく、現場の命と暮らしを守るために自らリスクを負う――徳山日出男の「ヤミ屋のオヤジ」という異名は、そんな不退転の覚悟の証として公文書に残されている。