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私たちのスマートフォンや交通インフラ、電力網の裏側で、今、静かでかつ猛烈な攻防が繰り広げられている。これまでサイバー攻撃といえば、個人情報を盗み出し、金銭を脅し取る“経済犯罪”の側面が強かった。ところがここ数年、その手口と目的が根本的に変わってきた。単なる窃取や恐喝ではなく、社会機能そのものを標的にした戦略的な攻撃――いわゆる「サイバー知能戦」が現実の脅威として浮上しているのだ。
従来のサイバー攻撃は、企業のデータベースからクレジットカード情報を奪う、あるいはランサムウェアでシステムをロックし身代金を要求するといったパターンが主流だった。被害額こそ大きいものの、あくまで「金を奪う」「情報を奪う」という単純な目的に収まっていた。ところが、新たな時代の攻撃者は、標的のシステムに深く潜り込み、長期間にわたって観測や操作を行いながら、社会の根幹を揺るがすようなダメージを与えることを狙っている。
その典型例が、ここ数年世界各地で相次いでいる重要インフラへの侵入である。電力会社の制御システムを乗っ取り、広域停電を引き起こす。物流センターの運行管理システムを不正操作し、サプライチェーンを混乱させる。病院の電子カルテシステムを人質に取り、治療そのものを停滞させる。これらの攻撃は、もはや金銭的な報酬だけでは説明しきれない。国家が背後にいるケースも多く、社会的混乱や政治的な威嚇を目的としている可能性が高い。
なぜ今、こうした高度な攻撃が可能になったのか。その背景には、あらゆるモノがネットワークでつながるIoT(モノのインターネット)の急速な普及と、人工知能を悪用した攻撃ツールの進化がある。攻撃者はAIを使って自動的に脆弱性を探し出し、人間では気づきにくいロジックの穴を突いて侵入する。防御側もAIを活用するが、攻撃側のほうが制度的な縛りが少なく、迅速に戦術を変えることができるため、いたちごっこが続いている。
私たち一人ひとりが感じる「日常の揺らぎ」は決して大げさではない。サイバー知能戦の標的は企業や政府だけではない。スマートメーターや自動運転車、在宅医療機器など、生活の細部にまで攻撃は及ぶ可能性がある。企業の経営者やIT担当者はもちろん、私たち市民も、もはや「他人事」では済まない。防御の最前線は、常に自分の手元にある端末や、使っているサービスの安全性にまで広がっているのだ。
今後、この見えない戦いはますます激化すると専門家は口をそろえる。だからこそ、単なるセキュリティ対策の枠を超え、組織全体として「もし社会機能が停止したらどう動くか」を想定したレジリエンス(強靭性)の構築が急務となる。情報を盗まれないことより、システムが止まらないこと。金を奪われないことより、社会が正常に動き続けること――その価値観の転換こそ、サイバー知能戦の時代を生き抜くための第一歩なのだ。