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トランプ米大統領は、イラン国民に蜂起を促すことで、あわよくば同国の体制転換をもくろむ。2日には米紙ニューヨーク・ポストに、「必要なら」地上部隊も派遣すると述べた。中東は過去、米国が何度も体制転換を試みては手痛いしっぺ返しを食らってきた〝鬼門〟だ。トランプ氏に成功の青写真はあるのか。
米国がイランの体制転換を画策するのは初めてではない。中央情報局(CIA)は1953年、民族主義の高まりを背景に石油国有化を進めた当時のモサデク政権に対するクーデターを英国とともに支援した。イランはその後、穏健な立憲君主制から国王独裁による親米路線に移行したが、英米による干渉への遺恨は、イスラム教シーア派聖職者が国家を指導する現体制につながったイラン革命(79年)を生み出す通奏低音となった。
レーガン政権(共和党)は82年、イスラエルのレバノン侵攻を支援し、親米・親イスラエル政権の樹立を目的に、レバノンへ平和維持名目で海兵隊を派遣した。この介入策は、83年の海兵隊兵舎爆破テロなどを受けて頓挫した。
現在のトランプ政権に類似する手法としては、湾岸戦争(91年)後のイラクの例がある。父ブッシュ政権(共和党)は、当時のフセイン政権打倒につながるとの期待から被支配層のシーア派やクルド人に蜂起を呼びかけた。しかし、実際に蜂起が起きても軍事介入はせず、騒乱が拡大。フセイン政権の弾圧による死者は計5万~8万人に上ると推定される。
2003年にイラクに侵攻した子ブッシュ政権(共和党)は武力でフセイン政権を打倒した。だが統治は安定せず、対米ジハード(聖戦)を唱えるイスラム過激派が伸長したほか、隣国イランの影響力拡大を招いた。
01年9月の米中枢同時テロを受けて攻撃したアフガニスタンでも、イスラム原理主義勢力タリバンの政権を打倒した後の統治に失敗。21年にバイデン政権(民主党)が米軍を撤退させ、民主国家建設の試みは水泡に帰した。
直近の例では、オバマ政権(民主党)下の11年に実施されたリビアへの軍事介入がある。カダフィ大佐の独裁政権は、北大西洋条約機構(NATO)の軍事支援を受けた反政府勢力の攻勢で崩壊したが、民主化は進まず、内戦が泥沼化。12年には東部ベンガジの米公館が襲撃されて駐リビア大使ら4人が殺害される事件が起き、介入は失敗との評価が定着した。(ワシントン 大内清)