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2026年6月29日から7月5日まで、韓国・仁川で「RoboCup 2026 INCHEON」が開催された。世界約40カ国・地域から約3000人が参加したこの大会は、日本発祥のロボット競技として知られるが、今やその様相は大きく変わりつつある。背景には、高い身体能力を備えた商用ヒューマノイドの登場と、フィジカルAIへの世界的な投資加速がある。長年ロボカップの運営に携わるアールティの中川友紀子氏による現地レポート後編では、競技がどのように技術と人材を育て、産業育成につながるのか、そして韓国の戦略的な取り組みから日本が学ぶべき点を考察する。
ロボカップは単なるロボット競技大会ではない。世界中の研究者や学生が自らのロボット技術を持ち寄り、実環境に近い条件で試す、世界最大級の実証実験の場でもある。研究室では問題なく動くロボットでも、競技会では照明条件が変わり、相手ロボットが予想外の動きをし、接触や転倒、通信の不安定さが発生する。限られた試合時間の中で復帰しなければならない――この予測不能な現実こそがロボットを鍛える。ヒューマノイドサッカーでは、二足歩行、転倒からの復帰、画像認識、自己位置推定、味方との協調、戦略変更、リアルタイム制御など、数多くの技術を一台のロボットに統合し、確実に動かすことが求められる。統合し、動かし、失敗し、直し、また挑戦する――この反復こそがロボカップの強みだ。
さらに注目すべきは、競技者自身がルール作りにも関わっている点だ。各リーグにはTechnical CommitteeやExecutive Committeeがあり、翌年以降の競技ルールや技術課題を議論する。ルール変更は単なる競技規則の改定ではなく、世界中の研究者に対して「次に取り組むべき技術課題」を示すロードマップとしての役割を持つ。ただし、競技者自身がルールを決めるがゆえに、現在の技術で実現可能なことや競技として成立しやすい方向へ議論が寄りやすく、社会実装で本当に求められる課題と必ずしも一致しない場合がある。中川氏が長年関わってきたSmall Size League(SSL)でも、競技として面白い方向と産業・社会実装に必要な方向が一致しないことがあった。しかし同時に、競技の段階では産業への出口が明確に見えていなかった技術や人材が、後に思いがけない形で社会実装につながる例もある。例えば、現在のAmazon Roboticsの基盤となったKiva Systemsの創業者らはロボカップに関わっており、SSLで培われた複数台ロボットの協調制御や運用の知見は物流ロボットへとつながった。
だからこそ、企業がロボカップにもっと関わることには大きな意味がある。競技に参加するだけでなく、ルール作りや技術課題の設定にも関わり、現場で抱える現実の課題を持ち込む。大学や研究機関が研究テーマとして挑戦する――この循環が生まれれば、ロボカップは技術を競う場であると同時に、社会実装に近い技術を育てる場としてさらに大きな役割を果たす。実際、四足歩行ロボット「AIBO」を使った四足リーグ、ヒューマノイドロボット「NAO」を使ったStandard Platform League、小型車輪型ロボットによるSSL、中型車輪型ロボットによるMiddle Size League、そして各チームが独自に機体を開発するHumanoid League――それぞれのリーグはその時代のロボット研究が直面していた技術課題を反映してきた。特に標準プラットフォームを用いるリーグでは、ソフトウェアやAIの差が際立ち、研究の発展を促した。ロボカップの最大の貢献は、個別の技術だけでなく、ロボットを作り、動かし、チームで開発し、世界の相手と競い、失敗から学ぶ人材を育ててきたことにある。競技で勝つこと以上に、現場で起きた問題へ対応し、システム全体を動かす力を身につける――それがロボカップの真の価値だ。
今回の大会を企業経営者として見て、中川氏は「ついにこの時代になったか」という感慨を抱いたという。かつては大学や研究機関が基礎研究を担い、成果や人材が企業へ流れる構図が中心だったが、現在は企業自身が本格的な研究開発を担う時代へ移りつつある。ヒューマノイドロボットは大学の研究テーマから企業の製品・事業そのものになり始めている。その一方で、韓国・仁川市の取り組みは際立っていた。仁川市は5年間で100億ウォン(約10億円)を投じてロボット企業支援事業を推進し、2028年にはロボットランドの開業も予定。大学や研究機関との連携を通じてロボット産業のエコシステムを構築することを目指している。会場では、競技だけでなく教育、研究、企業展示、人材育成が一体化しており、共通のロボットプラットフォームを用意して学生や研究者が実機で開発・競技に挑戦できる環境が整えられていた。特定企業だけを支援するのではなく、複数企業のロボットを採用することで多様なスタートアップが育つ環境を作っていたのも印象的だ。ロボットは製品単体では育たず、使う人、開発する人、教える人、改善する人が集まりコミュニティが形成されて初めてプラットフォームとして成長する。仁川の戦略は、その思想を具現化したものだった。
日本で前回ロボカップ世界大会が開催されたのは約10年前。日本には優れた大学、企業、自治体が数多く存在するが、ロボカップのような国際大会を核として人材育成、企業育成、研究開発、国際発信を一体で進める都市戦略はまだ見られない。現在、日本でもフィジカルAIを国家戦略として推進する機運が高まっている。だからこそ、地方自治体が長期的な視点でロボット・AI産業へ投資し、大学、企業、行政を巻き込みながら国際大会を活用して産業育成まで設計するような取り組みが生まれることを期待したい。会場で耳にした「ASIMOを生んだ日本には、早くロボカップにも、ヒューマノイドロボットの世界にも戻ってきてほしい」という言葉は、日本を軽視するものではなく、むしろかつて世界の二足歩行ロボット研究をリードしてきた日本への期待の表れだった。しかし現実には、ヒューマノイド分野における日本の存在感は「Nothing(ナッシング)」と言っても過言ではないほど薄れている。フィジカルAI時代の競争はすでに始まっており、日本が再びこの舞台へ本格的に戻ってくることを世界も待っている。
最後に、本記事で紹介したロボカップ2026の最新動向や、ヒューマノイドとフィジカルAIがもたらした変化についてさらに詳しく知りたい方に向けて、ロボスタではロボカップ日本委員会理事長であり東京情報デザイン専門職大学教授の岡田浩之氏を講師に迎えたオンラインセミナーを開催する。豊富な写真や動画を交えながら、ヒューマノイドリーグの変化やフィジカルAI時代にロボカップが果たす役割まで多角的に解説する予定だ。先着50名様無料。詳細・申し込みはこちら。