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10時45分発電鉄出雲市行きの一畑(いちばた)電車は、7000系の1両編成で軽快に宍道湖のすぐそばを走っている。
「7000系は、かの有名なデハニ50形以来86年ぶりに一畑電車が発注し、10年前に登場した新造車両なんですよ」
「かの有名な」というのは、鉄道愛好家には有名なのであって、一般人には無名なのだが、デハニ50形はまた出てくる。
左手に湖を眺めながら、松江しんじ湖温泉駅の売店で買った地ビール「国宝松江城」を嘗(な)める。黒ビール特有の苦みが、眠気を追い払ってくれる。呉線編でも書いたが、ローカル線に乗って味わう「朝ビール」は、何物にも代えがたい(通勤通学時間帯はやめましょう)。
「命の洗濯」とは、こういうことを言うのだろう。最近、ローカル線のロングシート化が進んでいるが、旅情という面では、まったくいただけぬ。衆人環視の場で駅弁やビールを楽しめる人はまずいないだろう。7000系のように対面クロスシートとロングシートが、共存するくらいがちょうどいい。
一畑口でスイッチバックして出雲市方面へ。社名の通り、一畑薬師への参拝客を運ぶために敷設された鉄道だが、戦時中の昭和19年に鉄供出のため一畑口―一畑間が休止(後に廃止)になった。戦後、復活できなかったのは残念無念である。
突然ですが、ここで「ばたでん」(一畑電車を地元ではこう呼ぶ)クイズです。次の駅名はなんと読む? ①美談②遙堪。答えは最後に記したが、これが読めるのは地元の人か、よほどの「ばたでん」ファンだろう。
「ボクは両方読めましたよ」と、サンケイ君は自慢するが、怪しいもんだ。「美談は必ずしもビダンにあらずとは、世の中そんなもんだ」と洒落(しゃれ)てみたが、通じなかったようだ。
そうこうしているうちに、川跡に着いた。お目当ての「アレ」に乗るには、そのまま乗っていればいいのだが、まだ時間がある。出雲大社前行きに乗り換え、お参りするとしよう。出雲大社まで素通りしては、本当に「菅田庵(かんでんあん)の狐(きつね)」が出てこないとも限らない。もうひとつ、いやもう2つお目当てがある。
出雲大社前駅に着くや否や、サンケイ君が「トイレにでも行っておいてください」と言い残して走り出した。特設ホームに保存されているデハニ50形電車を撮りに行ったのである。
昭和3年生まれのデハニ50形は、「ばたでん」の歴史そのもの、と言っても過言ではない。16年前に公開された一畑電車を舞台にした映画「RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語」の主役は、運転士役の中井貴一だが、陰の主役はデハニ50形だった。「ボクも運転士になりたかったなぁ」と、サンケイ君は遠い目をしたが、時すでに遅し。出雲大社とお目当てのあれこれは、明日のこころだぁ!(コラムニスト 乾正人) ①みだみ。「御田を見る神」に由来か ②ようかん。「遙(はる)かに水を湛(たた)える」説が有力。