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世界一周の旅の途上、私は長年憧れていたモロッコ北部の小さな町シャウエンを訪れた。坂道にびっしりと塗られた青い壁、足元まで青く染まった路地——かつてユダヤ人が町を青く塗ったという伝説を持つ「青い街」は、想像以上の美しさで私を迎えてくれた。50歳、女一人の旅はこれで3ヶ月目。目的地の一つにようやくたどり着いた喜びで、疲れも吹き飛ぶ思いだった。
しかし、この美しい町で私の旅は思いがけない方向へ動き出す。路地を歩けば、必ず誰かに声をかけられるのだ。「コンニチワ」と日本語で挨拶され、にこやかに握手を求められる。最初は親日家の人が多いのだと素直に喜んでいた。カフェでお茶をご馳走になり、家族の写真を見せられ、「日本人は素晴らしい」と繰り返す男性もいた。青い街の風景と同じくらい、人々の温かさが心に染みた。
ところが、滞在が長くなるにつれて、その「親日家」の裏側が見えてくる。彼らの日本語は、どこかで覚えた決まり文句だけ。観光客に人気のレストランの前で待ち構え、まず「日本が大好き」と話しかけ、距離を縮めようとする。私のような年配の女性にも、それは容赦なく向けられた。「結婚してください」と言われたのは、滞在中に実に三度。最初は驚き、次に困惑し、最後には笑いがこみ上げてきた。
彼らのプロポーズには、どうしても「打算」が透けて見える。「日本に連れて行ってほしい」「日本の女性はお金持ちだよね」と、恥ずかしげもなく口にする。ある男性は、日本人観光客と結婚して母国を離れた知人がいると自慢しながら、私の旅費をしつこく尋ねてきた。この国で暮らす若者たちにとって、外国人との結婚は経済的・社会的な上昇手段の一つなのだろう。ロマンチックな言葉の裏に、現実の計算が隠れていることを思い知らされた。
それでも、青い街の記憶は決して悪いものばかりではない。打算で近づいてきた男性たちの一方で、仕事帰りに道を案内してくれた女性、日本語の本を抱えて駆け寄ってきた大学生、ただ「ようこそモロッコへ」と笑顔で手を振る老店主——言葉の壁を越えて交わした何気ない交流に、何度救われただろう。打算と真心が入り混じる人々の営みこそが、この街の本当の姿なのかもしれない。私は青い壁に囲まれながら、旅先で出会う人の心の機微を、これからも見つめ続けたいと思った。