
SNS上で、シンギュラリティ(技術的特異点)に受け身の語尾を合わせた「ギュられる」というネットスラングが注目を集めている。これはAIに仕事を奪われることを意味し、X上では「ギュられる前に就活を終えたい」といった不安を吐露する投稿が目立っている。背景には、日本経済新聞が報じた「余る文系人材80万人 採用はスキル重視、データサイエンス必須に」という衝撃的な予測がある。
経済産業省が1月に公表した「2040年の就業構造推計(改訂版)」によると、2040年には大卒・院卒の文系人材が約80万人余る一方で、理系は約120万人不足するという。同省は、同じ文系でも「AIなどの最先端産業で活躍できる能力を習得するかがカギ」であると指摘している。しかし、こうしたマクロな予測がどこまで実情を反映しているかについては、慎重な議論が必要だろう。
過去を振り返れば、2016年に同省は「2030年にIT人材が最大79万人不足」という推計を出していたが、現状はAIがプログラミングの現場を塗り替えつつある。米国ではエンジニアの大量解雇が相次いでおり、理系職種こそがAIに代替される皮肉な現象も起きている。文系・理系という単純な二分法で将来の労働需要を正確に予測することは、極めて困難であると言わざるを得ない。
現場の視点に立てば、AIは意外にも「国語」的な領域で苦戦している。ITmedia NEWS編集部でも「AIはいまいち勘所をつかんでくれないよねえ」という声が上がっており、空気感や面白さを言語化する能力は依然として人間に分がある。日経オンラインの記事「OpenAIとGoogle、東大理3『首席合格』数学は満点 得意科目に違い」が報じる通り、最新AIは数学で満点を取れても、国語の得点率は5〜6割に止まっているのが現実だ。
14年後の未来を正確に見通せる者は存在せず、権威ある機関の予想が外れることも珍しくない。就活生は「ギュられる」ことに怯えて好きでもない仕事を選ぶより、自分自身の興味や手触りを信じて進路を決めるべきだ。無理をして選んだ道が先にAIに置き換わるリスクを考えれば、いざという時に踏ん張りが利くのは、自分が心から「好き」だと思える仕事であるはずだ。
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