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ON超えの打率 篠塚和典が語る首位打者争いの記憶

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Kenji Watanabe
経済 - 21 7月 2026

1981年、篠塚和典は7月18日のヤクルト戦で規定打席に達し、打率3割3分で打撃10傑の8位となった。翌日、初めてスポーツ紙を全紙買って確認したという。「あの時代は3割打者が多かったですね。でも首位打者争いをしている意識はなかった。9月以降からですね、打率を意識し始めたのは。でも首位打者を獲ろうなんて全くなかった。この1年はとにかくガムシャラにやる。それだけでした」と振り返る。

周囲は騒がしかったが、対抗する藤田平は10歳上のベテラン。高校時代にバッティングスタイルから〝藤田2世〟と呼ばれ憧れていた。「首位打者のタイトルは、すでに獲っていると思った。聞いたら獲ってないという。ちょっと偉そうかもしれないけど、逆に『獲ってほしい』と思った」と語る。

まだ24歳だった篠塚は「あと2、3度は首位打者を獲れるだろう」と楽観。しかし「あのとき、逆に獲れてしまったら天狗になっていた可能性もあっただろうし、藤田さんが獲ってくれたことでその後、僕が頑張れたというのもある」と述懐。若い選手の例を挙げ、「今日打ったから、安心しちゃって次の試合で打てないとか」と警鐘を鳴らす。

篠塚は無心で「来た球を打つ」だけ。最終戦(10月11日中日戦)で3打数2安打、打率3割5分7厘で2位。藤田は終盤目を悪くして欠場、最終戦のダブルヘッダーで5打席4打数1安打1四球、3割5分8厘で首位打者に。「さすがですよ」と敬意を表す。

たった0.001差。それでも3割5分7厘は巨人歴代6位の高打率。篠塚は「19年間の現役生活で最高打率でした。僭越ながら王さん、長嶋さんよりちょっとだけいい成績を残せた。ONに直接指導を受けたおかげと感謝してます」と振り返る。(巨人歴代シーズン最高打率は①クロマティ.378、②川上哲治.377、③クロマティ.363、④中島治康.3612、⑤与那嶺要.3605、⑦王貞治.3551、⑧張本勲.3547、⑨長嶋茂雄.353)

この年に首位打者を獲れなかったことが「その後の5年連続3割、そして2度の首位打者につながった」と篠塚。当時は3年連続3割を打って初めて野手として認められる時代で、「達成できたら首位打者を狙おうって。だから達成した後の59年は最初から狙ってシーズンに入った」と語る。

長女が生まれた年でもあり、「何か記念を残したかった」と3割3分以上を目標に。ヤクルトの若松勉らとの争いを3割3分4厘で制し、初の首位打者を獲得。27歳で154安打は最多安打。「56年が起点なんです」と強調する。

56年はチームも8年ぶり日本一、伊東キャンプ組の活躍が光った。篠塚は「僕らがグラウンドで結果を出すことが、ミスターへの恩返しになる。伊東キャンプをやったという成果を僕だけではなく、メンバー個人個人、みんな持っていたと思います」と語る。「『ミスターに恥をかかせてはいけない』ってね。いろんな意味で最高のシーズンでした」と締める。

編集部注:この記事はAIを使用して作成されており、産経新聞の記事を元に、内容を変更せずにリライトしたものです。
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