
「そんな言い方だと相手に伝わらないよ」。日常生活やSNSで見られるこうした指摘は、主張の内容ではなく口調や態度を責める「トーンポリシング」という行為に該当する可能性があります。ジェンダー教育実践家で元小学校教諭の星野俊樹さんは、著書『とびこえる教室』の中でこの問題を深く考察しています。星野さんは、トーンポリシングには発言者の苦痛や背景を矮小化させる働きがあると警鐘を鳴らしています。
星野さんは、この行為を大きく三つに分類しており、その一つが権力を持つ側が持たない側の言動を制限する「矯正型」です。典型的な言葉がけとして、「そんな感情的な言い方じゃ聞いてもらえないよ」「もう少し冷静に話すべきだ」といった例が挙げられます。これは非対称な関係性において、マジョリティーが自らの不快感を避けるために相手の表現を抑圧する手法と言えます。結果として、マイノリティーが抱える切実な問題の核心から論点がずらされてしまうのです。
二つ目の「迎合型」は、マイノリティー自身が他の当事者に対して「正しい」語り方を要求する複雑な心理構造を持っています。具体的には、性的マイノリティーが同じ当事者に「行き過ぎた多様性を主張するな」「ポリコレを掲げてマジョリティーを逆差別するな」と訴えるケースなどが該当します。星野さんは、この背景には「物わかりのいいマイノリティー」として認められることで自尊心を回復しようとする心理があると分析します。他者より優位に立とうとする意識が、同じ立場にある人々の声を封じ込めてしまうのです。
この迎合型の心理は、自分自身に対しても牙を剥くことがあると星野さんは自身の体験を振り返ります。かつて家族にカムアウトした際、父親から同性愛を「治す」ための通院を強要されましたが、星野さんはそれを受け入れてしまいました。暴力を振るう父から「受け入れていただく」ために、あえて抵抗せず物わかりのいい振る舞いを選んだといいます。このエピソードは、抑圧された環境下で自らの感情を押し殺さざるを得ない当事者の葛藤を浮き彫りにしています。
トーンポリシングの加害性は属性や性別を問わず、社会のあらゆる場面で発生しているのが現状です。相手に合わせた「チューニング」を強いられる過程で、本来あるべき怒りや悲しみの発露が奪われていくことの損失は計り知れません。私たちは言葉の表面的な「正しさ」を求めるあまり、その奥にある個人の尊厳を傷つけていないか自問する必要があります。トーンポリシングという概念を理解することは、不均衡な社会構造を是正する第一歩となるはずです。