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タイヤの性能はトレッドパターンや構造だけでは決まらない。天然ゴムや合成ゴム、カーボンブラックなどの原材料をどう組み合わせるかが性能を大きく左右するのである。
ブリヂストンが開催したメディア向けセミナー「あなたの知らない、世界のブリヂストン。タイヤ原材料と『走る実験室』の世界」は、完成したタイヤではなく、その内側を支える材料技術に焦点を当てた内容だった。
新製品を披露する場ではなく、同社が競争力の源泉と位置付ける原材料開発と、その考え方を紹介するという点で異色のセミナーであった。
セミナーでは天然ゴムと合成ゴムの違いを体感する実演も行われた。参加者には天然ゴムだけを加硫した試験片、合成ゴムだけの試験片、さらにカーボンブラックを配合した合成ゴムの試験片が配られ、それぞれを手で引っ張って強度を比較した。
天然ゴムは大きく伸ばしても簡単には切れない。一方、合成ゴムだけの試験片は比較的容易に破断する。しかしカーボンブラックを配合すると一気に粘り強さが増し、耐久性が向上することを実感できた。
数値データやグラフだけでは伝わりにくい材料特性を自らの手で理解できる実演は、技術説明として非常に分かりやすいものだった。
タイヤはゴムだけで構成されているわけではない。天然ゴム、合成ゴム、カーボンブラックを中心に、補強繊維やスチールコードなどさまざまな材料が使われている。それらをどのような割合で配合するかによって、グリップ性能や耐摩耗性、転がり抵抗、耐久性といった性能が決まる。
素材そのものだけでなく配合技術こそがタイヤメーカーのノウハウであり、各社の個性を生み出す部分でもある。
囲み取材のタイミングで「合成ゴムは配合によってさまざまな特性を引き出せるとのことだが、高荷重や高耐久性が求められる用途でも天然ゴムを置き換えられるレベルには達していないのか」と質問した。
天然ゴムと同じイソプレンゴムを人工的に合成することは可能だが、天然ゴムが持つ特有の構造や天然由来成分まで再現することは難しいという。
近年ではゴム以外の天然由来成分も耐久性の向上に寄与していることが分かり始めており、そのメカニズムの解明も研究課題になっている。
そうしたなか、天然ゴムの主要産地は東南アジアなどに集中しており、気候変動や病害、地政学的リスクを考えると安定調達は将来に向けた重要な課題でもある。
そこでブリヂストンが取り組んでいるのが供給源の多様化だ。既存の天然ゴム農園で収量向上や病害対策を進める一方、乾燥地帯でも栽培できる植物「グアユール」を新たな天然ゴム資源として研究している。
天然ゴムを人工材料へ置き換えるのではなく、天然資源そのものの選択肢を増やすという発想である。
資源循環に関する取り組みとして紹介されたのが、使用済みタイヤを再びタイヤの原材料として利用する「タイヤ・トゥ・タイヤ」の水平リサイクルである。
使用済みタイヤを酸素の少ない状態で熱分解すると、ゴム成分はオイルとして回収され、装置内には再生カーボンブラックが残る。これらを再びタイヤ原材料として利用することで化石資源への依存を減らし、資源を循環させようという考え方だ。
岐阜県関市では年間7500トン規模のパイロットプラントの建設が進められており、来年・2027年下期の稼働開始を予定している。
もっとも囲み取材では課題についても率直な説明があった。熱分解で得られる再生カーボンブラックは品質にばらつきがあり、そのまま新品タイヤへ利用できるレベルには達していない。
現在はパートナー企業と連携しながら均質化や高品質化を進めており、実用化へ向けた技術開発が続けられている段階だという。
ブリヂストンはモータースポーツを「走る実験室」と位置付けている。
同社では限界領域で使用されたタイヤを回収し、摩耗や発熱、変形、材料の変化などを詳細に解析する。その結果を原材料や配合、構造設計へフィードバックすることで市販タイヤの性能向上につなげている。
サーキットは実験室では再現しきれない極限条件で材料を検証できる、貴重な開発の場でもある。
モータースポーツのパートは、執行役CPO兼グローバルモータースポーツ管掌の今井弘氏が担当した。ここでも参加者が体験できる実演が用意されていた。
手渡されたのは見た目がまったく同じ2種類の黒いスーパーボール。一つは市販タイヤ用コンパウンド、もう一つはレース用タイヤ用コンパウンドを使って作られたものだ。
この2つのスーパーボールを机に落としてみると、市販タイヤ用コンパウンドのものは跳ね返るのに対し、レース用タイヤ用コンパウンドのものは「カン」という硬い音を立てるだけで、ほとんど跳ね返らなかった。
続いてタイヤウォーマーに見立てた使い捨てカイロで温めた後、再び机へ落とす。市販タイヤ用コンパウンドのものはほとんど変化が見られなかったのに対し、レース用タイヤ用コンパウンドのものは音が鈍くなり、跳ね返りはさらに弱くなった。
この実演はレース用タイヤのコンパウンドが温度の上昇によってグリップを高める特性を分かりやすく示したものだ。
温められたレース用タイヤ用コンパウンドのスーパーボールは粘り気を帯び、机に張り付くようになるため反発力が小さくなる。レース用タイヤは適正温度域で最大のグリップを発揮するよう設計されており、スタート前のフォーメーションラップでドライバーがマシンを左右に振るのはタイヤへ熱を入れるためである。
セーフティカー導入後のリスタートでスピンが発生しやすくなるのも、タイヤ温度が十分に戻っていないことが一因とされる。
レース活動は勝敗を競うだけの場ではない。極限状態で得られたデータを原材料や配合技術へ反映し、市販タイヤへフィードバックすることこそ「走る実験室」と呼ぶ理由である。
2種類のスーパーボールを使った実演は、その考え方を専門知識がなくても理解できる内容だった。
モータースポーツは新しい原材料を試す場としても活用されている。再生カーボンブラックを配合したタイヤの実走テストも進められており、すでに再生カーボンブラック100%を使用したタイヤでレースへ参戦した実績もあるという。
今回のセミナーは新製品や新技術を紹介する発表会とは性格が異なっていた。主役は完成したタイヤではなく、その性能を支える原材料であり、材料開発の積み重ねがタイヤ性能そのものを左右するという考え方が一貫して示された。
天然ゴムの研究、供給源の多様化、タイヤ・トゥ・タイヤの水平リサイクル、そしてモータースポーツという「走る実験室」。一見すると別々の取り組みに見えるが、その根底にあるのは、より高性能で安全なタイヤを生み出すために材料技術を磨き続けるという共通の思想である。
電動化やSDV化が進み、自動車技術はソフトウェアへ注目が集まる時代になった。しかしクルマが路面へ力を伝え、止まり、曲がるという基本性能はタイヤが担っている。
その性能を決めるのは目立たない原材料であり、その可能性を引き出す配合技術、そして極限環境で磨き上げる開発プロセスである。
今回のセミナーは普段は完成したタイヤの陰に隠れている材料技術こそが、ブリヂストンという企業を支える競争力の源泉であることを示す内容だった。