
人工知能(AI)モデル開発のFRONTEO(フロンテオ、東京都港区)は5月13日、AI創薬拠点「KIBIT AI Biology Lab」を開設した。薬理研究者やAIエンジニア、データサイエンティストなど数十名が所属する。同社はこの施設を「AI創薬事業推進における最重要拠点」と位置付け、製薬企業へのライセンス提供を加速させる狙いだ。
「創薬ラボ」と聞くと「顕微鏡をのぞく白衣の研究者」や「試験管を振るロボットアーム」などを思い浮かべるかもしれない。しかし、KIBIT AI Biology Labには、試験管も実験機器もサーバ群も置いていない。ここは一体、何をする施設なのか。AI創薬の最新現場を取材した。
FRONTEOは、特許取得済みのAIエンジン「KIBIT」(キビット)を用いたライフサイエンス事業を展開している。同社のAI創薬支援サービス「Drug Discovery AI Factory」(以下、DDAIF)では「疾患関連遺伝子ネットワークの解析」と「標的分子候補の仮説構築」によって研究者をサポートしている。
5月13日の記者発表会に立った同社の守本正宏社長は「ラボ開設によって標的分子(薬を作用させる対象の分子)の探索・仮説立て能力を強化し、薬を作るバイオベンチャーや製薬企業に標的分子情報を提供したい」と説明する。
白を基調としたKIBIT AI Biology Labは、高等学校の教室と同じくらいの広さだろうか。中央にコの字型の机が設置され、ノートPCとディスプレイが置かれている。ここで「KIBITの改善・強化」「新たな研究手法の開発」「研究データの蓄積と活用」などに取り組む。
ラボ前方には大型ディスプレイがあり、疾患の遺伝子ネットワークなど研究結果を投影する。製薬企業やバイオベンチャー、協業する大学などの担当者を招き、議論や報告の場に使う想定だ。
セキュリティ対策も重視し、部外者は立ち入れないようにしている。取り扱うデータは同ラボのPCおよび同社オフィス内のサーバのみで扱い、外部のクラウドサービスなどに送信されることはないという。FRONTEOの豊柴博義氏(取締役、Chief Science Officer)は「機密性の高い情報を扱えるようになり、研究者が活発に意見交換できる」と話した。
DDAIFは、武田薬品工業、中外製薬、アステラス製薬など多数の企業に提供している。2023~2025年度に合計30件のプロジェクトを獲得した。東京科学大学や米オクラホマ大学などとの協業も進んでいる。
5月13日には、KIBITを用いて発見した「すい臓がんの標的分子候補」が細胞増殖効果を持つことがオクラホマ大学の検証実験で判明した。従来は2年かかっていた標的分子候補の抽出工程を2日に短縮したといい、実験を主導した同学医学部の武部直子教授は「半信半疑だったが(中略)確認できた瞬間、研究室の空気が変わった」と振り返った。
これまでのAI創薬は、大量の実験データをデータセンターで解析し、ロボットを導入した研究室で解析結果を検証する方法が主流だと守本社長は説明する。しかし、KIBIT AI Biology Labには大掛かりなサーバラックなどは置いていない。
「KIBITは、いわゆる『生成AI』と異なり『方程式で動くAI』です。因果関係を理解し、そこから新しい発見ができます。KIBITは、PCが1台あれば従来のAI創薬とほぼ同じことが可能です。なかなか信じてもらえず、DDAIF初年度はプロジェクトが1件進んだだけでした。結果が出始めると、引き合いが増えました」(守本社長)
KIBITは、特別な方程式を用いて論文データを解析し、事象の因果関係を基に標的分子候補を見つける。豊柴CSOによると「論文などの言語情報を、連続的な変数に置き換えて解析するベース手法を持っているのは米スタンフォード大学、米Google、米Meta、FRONTEOだけ。方程式で解を導く手法を採用しているのはFRONTEOのみだ」という。
KIBIT AI Biology Labを開設したことで、論文データだけでなく実験データなどの「リアルワールドデータ」も扱えるようになり、DDAIFが進化すると守本社長は説明した。
多くの時間と費用を必要とする創薬工程において、標的分子探索は上流に当たる。FRONTEOはここをAIで加速させ、新薬開発を大きく進展させる構えだ。