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東京大学を卒業し、外資系投資銀行で年収1100万円を手にしていた田中優輝さん(30代)は、現在「刺しゅう屋」として働いている。傍目には順風満帆に見えたエリートコースを自ら捨てた理由は、ある「人間を忘れた夏」の体験にあるという。
田中さんは、東大卒業後に外資系投資銀行に入行。国際的なプロジェクトに関わり、周囲からも尊敬される仕事に就いていた。しかし、長時間労働が続く中で「自分は何のために働いているのか」と考えるようになった。特に、仕事が忙しすぎて休日に何をすればいいのか分からなくなった経験が、転機になった。
決定的だったのは、その年の夏、久しぶりに実家で母親が使っていた古い刺しゅう枠と針を見つけたことだ。子どものころに祖母が細かな仕事をしていた姿を思い出し、何げなく手を動かしてみた。すると、投資銀行で数字と向き合っていた自分とは違う、体と丁寧に向き合う感覚が蘇ってきた。「ああ、東大を出てもこれか」。田中さんはその時、この言葉を誇張ではない実感として受け止めたという。
翌日、田中さんは退職を決意した。周囲からは「もったいない」と言われたが、気持ちは変わらなかった。会社を辞めた後、刺しゅうの技術を独学で学び、現在は東京・下北沢に小さな工房を構えている。収入は以前の10分の1以下になったが、「選んだ道に後悔はない」と話す。
田中さんの工房には、注文を受けた作品の制作や体験教室のために、靴を脱いで上がり込む客が絶えない。彼は「東大や投資銀行の名前を使わずに、自分一人の作品が評価されることがうれしい」と語る。「人間を忘れた夏」がなければ、この暮らしはなかった。東大卒の肩書きでは得られない、自分の手で生み出す満足感が、今の彼の中に確かにある。