辺野古転覆、平和丸船長は4年前に免許取得 「船長心得きちんと伝承されず」と関係者

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Mika Nakamura
国際 - 11 May 2026

沖縄県名護市辺野古沖で平和学習中の同志社国際高(京都府)の生徒が乗った船2隻が転覆し、生徒ら2人が死亡した事故で、抗議船「平和丸」の船長が小型船舶の操縦免許を取得したのは約4年前だったことが25日、関係者への取材で分かった。第11管区海上保安本部(那覇)が20日に行った抗議団体の家宅捜索で、「船長心得」と書かれた資料が見つかり、押収されていたことも判明。関係者は「(それまで)みんな気付かなかった。紙としてきちんと伝承されていなかったのだろう」と明かした。

2隻を運航する「ヘリ基地反対協議会」の関係者によると、平和丸の男性船長は5年前まで農業をしていたが、免許取得後、乗組員を経て船長になってからは、週2回ほど海に出ていた。「船長はおとなしい人で、人前でいろいろものをしゃべる人ではない」という。

学校側との連絡は、事故で死亡した抗議船「不屈」船長の金井創さん(71)が「知り合いのルート」で直接教員とやりとりしていた。事故があった場合の保険加入状況については、「入っている。保険料はずっと払っているが、(補償額は)そんなに多額ではないのでは」と証言した。

転覆した2隻は普段、米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)の辺野古移設工事に反対する抗議船として運航。視察で訪れた共産党の小池晃書記局長ら政治家も乗せたことがある。

平和丸に乗っていて亡くなった2年生の女子生徒(17)の遺族とはまだ連絡が取れていないといい、関係者は産経新聞の取材に「遺族と話し合いができる状況になったら、謝罪、補償の問題もきちんとけじめをつけ、遺族が納得するような形で進めたい」と話した。

抗議団体は事業登録していなかったため、風速や波高による出航判断の基準などを定めた「安全管理規程」を策定しておらず、基準も明文化していなかった。出航の可否は船長に一任され、風速約7~8メートルを目安にしていたとされる。11管は「船長心得」など家宅捜索で押収した資料の分析を進め、出航判断に問題がなかったか捜査している。(大竹直樹)

編集部注:この記事はAIを使用して作成されており、産経新聞の記事を元に、内容を変更せずにリライトしたものです。
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