TRENDING

「このまま終われない」家具職人がつかんだ金 障害乗り越え世界へ

1 minutes reading View : 1
Avatar photo
Kenji Watanabe
国際 - 29 Apr 2026

和歌山市の家具職人・山原耕一さん(53)が、障害がある人たちが世界から集まり技能を競う「第11回国際アビリンピック」(2027年5月、フィンランド・ヘルシンキ)の家具製作(応用)部門に、日本代表として出場することが決まった。山原さんは聴覚に障害があり、音を聞き取りにくい環境で育ったが、木材関係の仕事をする親族に囲まれて成長した。

旧古座町(現串本町)生まれの山原さんは、和歌山ろう学校(和歌山市)に進学した。卒業後は東京の木工所で職人として働き、1992年に初めて全国障害者技能競技大会(アビリンピック)に出場して3位になった。その大会で優勝したのが、同じろう学校の先輩で、現在の職場であるオーダー家具専門店・山ノ木に勤務していた鈴木眞道さんだった。

山原さんは鈴木さんの背中を追って山ノ木に入社したが、当初は3日に1回は休むなど仕事に打ち込めず、「もう辞めたい」と悩んだこともあった。故郷で世話になっていた人にこぼすと、「器用な手をしている。もう少し頑張れ」と励まされ、取り組む姿勢ががらりと変わった。コツコツと努力し、国家資格の1級家具製作技能士を取得。今では東京の店舗に納品する家具や備品の製作を、ほとんど一人で担当する。

2024年、和中輝雄社長(83)のすすめで32年ぶり2度目のアビリンピックに出場したが、アクシデントで棄権した。山原さんは「このままでは終われない」と社長に直訴し、再挑戦を目指した。仕事の合間を縫って練習を重ね、翌25年には初めて金賞を受賞した。「名前が呼ばれた瞬間、胸が熱くなった。あきらめず努力を続ける大切さをあらためて感じた」と振り返る。

国際アビリンピックはもちろん、海外に行くのも人生で初めて。背中を追い続けた先輩の鈴木さんも1995年の国際大会に出場したが、メダルには届かなかった。「今よりスピードと技術を上げて世界一を目指す」と山原さんは先輩を超える意気込みで臨む。


📝 編集部注:この記事はAIを使用して作成されており、
朝日新聞デジタル
の記事を元に、内容を変更せずにリライトしたものです。
Share Copied

No Comments

Leave a Reply

Your email address will not be published. Required fields are marked *