
文学紹介者・頭木弘樹氏の連載「ビジネスと人生は絶望に満ちている」から、今回はアルベール・カミュの名言を紹介する。カミュは、人間にとって無意味な仕事を強いられる苦痛は極めて大きく、神話において神々が人間への罰として「無益で希望のない労働」を与えたほどだと述べている。
カミュが引き合いに出すのは、ギリシア神話のシーシュポスである。彼は死後、巨大な岩を山頂まで押し上げるという永遠の責め苦を負わされた。岩は頂上に達するたびに転がり落ち、シーシュポスはそれを繰り返すしかなかった。この神話は、目的も成果もない反復労働の象徴として広く知られている。
頭木氏は現代のビジネス現場にも同様の状況があると指摘する。書類の無意味なコピーや意味のない会議、上司の気まぐれで変更される企画——社員は「なぜこれをやらなければならないのか」と疑問を感じながらも続けざるを得ない。こうした作業は精神をむしばむ。
しかし人間の心理は複雑で、たとえその仕事が敵対する競合他社の利益になるとしても、自身が「良い仕事」と信じるものに没頭したいという欲求を抑えられない。カミュの思想は、どんな労働にも意味を見出そうとする人間の本能を浮き彫りにする。
頭木氏は「私たちは無意味な労働に耐えられないが、同時に仕事に意味を求めることもやめられない。その矛盾こそが人間の条件だ」と結んでいる。苦痛を伴う仕事であっても、それを自らの選択として引き受けることが、自由への第一歩なのかもしれない。