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取材の途中でJR大阪駅近くの商業施設のバリアフリートイレに入っていたとき、突然ドアを激しくたたく音が聞こえた。ノックではなく、緊迫した連続音だった。急いで出ると、車いすの中年男性が顔を紅潮させ、無言で視線も合わさず、急ぎ足でトイレへと向かった。相当な我慢の末だったのだろう。
近くの警備員によると、別フロアのバリアフリートイレが長く塞がっており、困っていた男性をこのトイレに案内したが、中で記者が使用中だったため、男性は焦ってドアをたたいたという。スムーズにトイレにたどり着けず、腹立たしかったに違いない。
記者は杖をつきながら歩く右半身麻痺の身体障害者だが、一般用トイレも使用できる。この日は荷物が多く、広くて動きやすいバリアフリートイレを借りたが、あの男性には申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
この話を車いすユーザーの知人にしたところ、「バリアフリートイレが使えなくて困ることはしょっちゅう」
と教えられた。「着替えをするためか30分ぐらい占拠している人もいて腹立たしい」
とし、「外出先に車いすで入ることができるトイレはすごく少ない」
と話してくれた。バリアフリートイレの有無が外出の判断材料になるほど切実な問題だという。
バリアフリートイレはかつて「誰でもトイレ」「多目的トイレ」と呼ばれることが多かったが、この名称が「どんな用途でも可」と誤解され、本当に必要とする人が利用できない事態を招いた。国土交通省は令和3年に「トイレをめぐる研究会」の報告書でこの問題を指摘し、それを機に「バリアフリートイレ」という名称が広まった。
例えば、扉は車いすユーザーが押しやすい位置に開閉ボタンや鍵が付いており、引き戸になっているため開け閉めが容易だ。記者の麻痺した右手は少し動くが、左手で荷物を持つ場合、引き戸なら弱い力でもスムーズに開閉できる。
バリアフリートイレには手すりが設置され、車いすや杖の利用者に配慮されている。さらに、ストーマ(人工肛門など)を造設したオストメイトのため、排泄物を流せる流し台や装具を洗浄するシャワーが備わっている場合もある。
一般トイレが使える人が着替えや休息のためにバリアフリートイレを占有するのは控えるべきだが、外見だけで安易に批判するのも良くない。見た目には分からない障害を持つ人への配慮も必要だ。身体障害者だけでなく、妊婦、乳幼児連れ、発達障害で同伴が必要な人も利用する。
記者は令和元年末に脳出血を起こし、翌年6月まで入院。その後、身体障害者手帳を申請した。公的サポートを受けるためには、まず自分が障害者と認定される必要があるからだ。
手帳を手にしたとき、最初に気になったのは「障害者」という言葉のイメージと実際の人数のギャップだった。障害者はマイノリティーと言われるが、調べてみるとその数は想像以上に多かった。
令和7年の内閣府資料によれば、身体障害者423万人、知的障害者126万8000人、精神障害者603万人。複数の障害を持つ人もいるため単純合計はできないが、国民の約9.3%に何らかの障害があるとされる。東京都の人口には及ばないが、神奈川県の人口を超える規模だ。
「そんなにいるのか」というのが正直な感想だった。勝手な印象で障害者数を少なく見積もっていた。この数字をそのまま当てはめることはできないが、バリアフリートイレを必要とする人もかなり多いはずだ。
法整備が進み、バリアフリートイレを備えた施設は確かに増えた。社会のバリアフリー化は進んでいるといってよい。しかし、当事者にとって十分な環境とは言い難い。
バリアフリー化はさらに進めるべきだが、物理的な整備だけでは限界がある。結局は、公共的な設備をどう使うかという人々の意識や配慮が問われる。
本当に必要な場合は使うべきだが、一般トイレを使用できる人は別の場所を探す。単純なルールで縛るのではなく、「譲り合い」の積み重ねがバリアフリー社会をつくるのではないか。
身体障害者になって配慮される場面は増えたが、記者自身も配慮しなければならないことがある。当事者にならなければ分からないことは多く、他人の気持ちを簡単に理解することはできない。だが、周囲の環境に思いをはせる社会的な想像力は持ち続けたいと考えている。
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河居貴司(かわい・たかし)。WEB編集室長。平成9年産経新聞入社。和歌山、浜松支局を経て社会部。関西の事件や行政を担当。京都総局次長、社会部次長を経て現職。46歳で脳出血を発症したが復職。リハビリを続けながら働いている。この連載では病気の発症や入院生活について綴っている。
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