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ヤマハ発動機、社内ブランディングから始める新ブランド戦略 北條雅也統括部長インタビュー

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Aiko Yamamoto
自動車 - 12 6月 2026

ヤマハ発動機は、2025年に設楽元文新社長が就任して以降、「モノを売るメーカー」から一歩踏み込み、ブランドとしてどう共感されるかを重視する姿勢を強めている。

近年では二輪・マリン・ロボティクス・eバイク・ライフスタイル領域など多岐にわたる事業を横断しながら、「感動創造企業」という企業理念を現代的に再定義する動きが見られる。国内外で展開される新型モデル群でも、単なるスペック競争ではなく「世界観」や「体験価値」を重視した商品・コミュニケーション設計が目立ち始めている。

本記事では、2025年7月よりクリエイティブ本部ブランドマーケティング部長に就任し、2026年1月から新たに社長直下に新設されたブランド統括部の北條雅也統括部長へのインタビューを通じ、ヤマハが目指すブランドづくりに迫る。

北條氏は2004年、販売会社のヤマハ発動機販売に入社。名古屋を中心に北陸エリアの販売に携わった後、ヤマハ発動機本社に転属。海外営業部門に配属され、ベトナム市場を担当した。「もともと国内営業がやりたかった。海外での勤務は考えていなかった」というが、国内勤務を経てベトナムに6年駐在。学生時代のサッカー経験を活かしてヤマハのサッカー教室を立ち上げ、地元静岡のアスルクラロ沼津からコーチを招くなど積極的に活動した。

同時に、ベトナムの二輪市場は右肩上がりで販売・利益ともに伸びていたが「組織としてちゃんとできていなかった」(北條氏)。市場動向を把握した上でさらなる販売拡大を図るため、自らマーケティング部門を立ち上げた。この実績が評価され、成長市場として見込まれていたインドに赴任。2年目に、インド法人ヤマハモーターインディアの社長として設楽氏が就任。この出会いが現在ブランド戦略に携わるきっかけとなった。

その後、中国市場を管轄するグループリーダーに就任。マーケティングだけでなく販売会社や工場の統合、現地企業とのパートナーシップや撤退も含めた構造改革を推し進めた。2025年、新社長に就任した設楽社長から「グローバルでブランド戦略をやりたい」と声がかかり、現職に至る。

国内外で幅広く販売現場に携わってきた北條氏だが、ブランド戦略を専門としてきたわけではない。抜擢のきっかけはインドにあったという。

人口14億人を超えるインドでは、二輪が生活を支える足として定着している。人口の30%が26歳以下で、2030年には50%に達するとされ、二輪需要も右肩上がりが見込まれる。一方、インド市場の半数を占めるのが「コミューター」と呼ばれる廉価な100〜125ccクラスのスクーター。このクラスは現地メーカーや中国メーカーの台頭で価格競争が激しく、ヤマハは苦戦を強いられていた。そこで2018年、設楽社長主導で大きく舵を切ったのが、高付加価値商品を軸としたプレミアム戦略だった。

「我々は安くて数多く売る、というものはあまり得意ではありません。であれば、プレミアム性でお客さまに喜んでいただけるものを売っていかなければいけない。そうやって180度考え方を変える必要がありました。そのためには、社員から変えていかなければいけないという視点から『社内ブランディング』をしました。それを社外にもつなげていく、という戦略です」(北條氏)

「社内ブランディング」とは何か。まず視覚的な統一感だ。インドではヤマハのブランドカラーが赤や黒、青などバラバラだったものを青に統一。最もわかりやすいのがブランドロゴで、日本で馴染み深い赤のロゴではなく、青いヤマハレーシングのロゴを前面に押し出した。ディーラーの装飾も青で統一し、MotoGPなどモータースポーツ人気も手伝い、ヤマハ=ブルーのイメージを内外に確立した。

次にスローガン。「Beyond the Limit(限界を超える)」を掲げ、さらにシンプル、スリム、スピーディーをキーワードに社内へ浸透させた。「色々な国でそうなのですが、『我々(の国)は他とは違う、だから(統一は)できない』と言われるんです。でも、それを超えていかないと次の世界に進むことはできない。それを理解してもらう、浸透させるということを地道に続けて行きました」と北條氏は明かす。

3つ目が「社員の家族にもヤマハを理解してもらう」こと。ブランドカラーの青いシャツを配布し、社員とその家族を工場に招待するなどで家族ぐるみのロイヤリティを高めた。こうした活動を通じて、インドのヤマハ社員や販売関係者の「世界を青に変えていく」意識を推進し、その輪を社外、つまりインド市場に向けて展開した。

これが功を奏し、コロナ禍の影響を受けながらも約5年で卸売単価は1.9倍、売上高1.7倍、営業利益20倍超と大幅な財務体質改善を実現。大きな成功体験となり、グローバルにおけるブランド戦略改革を推し進めるきっかけとなり、北條氏がブランドマーケティング部長に起用された理由でもあった。

では、日本を含めグローバルでブランドカラーを「青」に統一するかと言えば、そう単純ではないという。

インドでは多くの人の意識改革が必要だったものの、スピーディなブランド戦略が成功した理由の一つが「市場が二輪に特化していたから」だ。ヤマハ発動機が扱う製品は、二輪だけでなく電動アシスト自転車、四輪、ボートや船外機、産業用ロボット、産業用無人ヘリ、金融サービスまで幅広い。さらにモータースポーツやサッカー、ラグビーもある。これらを一つの「ヤマハブランド」として横串を刺し、戦略的にロイヤリティを上げていく。これが「目の前の大きな命題」だと北條氏は話す。

現在もまさに、ヤマハ社内にあるさまざまな事業やサービスを改めて洗い出し、筋道を見つけようとしている最中だという。

「入社して20数年、ほぼモーターサイクル(二輪)しかやってこなかったので、改めて事業の広さに驚いています。それでも、一番の課題はこれらを取りまとめている機能が国内外にないことで、それがないことがわかったのが大きい。商品やサービスそれぞれのブランド戦略はありましたが、より大きな方針のもと事業ブランディングとして考えていこうという意識が芽生えたのが、これまでとの大きな違いだと考えています」(北條氏)

その中で一歩踏み出したのが、インドでの成功事例にもあった社内ブランディングだ。社員の意識からヤマハをブランディングしていく発想で、「ネクスト感動アクション」を掲げた活動を開始した。「感動」はヤマハ発動機の理念にも含まれる言葉だが、この活動は「要するに社員自身をブランドアンバサダーにして広報活動させようという活動です」と北條氏は話す。

背景には昨今の人事事情もある。これまでは「バイクが好き」「ヤマハが好き」で入社を希望する人材が多かったが、キャリア採用の社員も増えている。そうした人たちに企業文化を伝え、理解してもらい、長く勤続してもらうことが課題だ。

具体的には、7月に開催される鈴鹿8耐レースに新入社員全員を連れて行き、ヤマハ製品の体験機会を設けるなど、社内にいても普段接することのない他事業に触れさせる。「ヤマハという会社を体験として理解してもらう。しっかり理解して、その体験に感動してもらうことで、家族をはじめ“外の世界”へ発信する。それが広がっていけば、ヤマハ発動機のブランドへの理解も広がっていく。そう考え始めたのが大きな変化です」(北條氏)。

設楽社長は就任時、渡辺克明会長(当時)から「ヤマハ愛にあふれる人物」と紹介され話題となった。まさに設楽社長ならではの「ヤマハ愛」の輪を広げる取り組みと言える。

一方でブランドの輪を広げるためには、核となるものが必要だ。つまり「ヤマハらしさとは何なのか」ということだ。北條氏は「この議論をしだすと終わらない。人それぞれ、あるいは担当する事業によっても違うんです」と苦笑しながらもこう語る。

「それでも数か月、話をしていく中で見えてきたのは、我々のヤマハらしさというのは、新しいものに対して、新しい領域に対して挑戦を続けていくこと。そしてそこに何か新しい感動を生み出していこう、ということなんです。創業者(川上源一氏)の言葉に『生活を楽しむことを広げたい』というものがありますが、これに立ち返って基軸にしていこうと考えています」

「ただ、生活を楽しむことはあくまで結果です。では我々が何をできるかというと、新たな挑戦をするとか、感動を生み出すための1歩を踏み出すサポートをするための製品、事業やサービスであったり、それを提供するのがヤマハ発動機であって、その結果として感動を生み出すような企業になっていきます、ということを今後宣言していきたいと考えています」(北條氏)

原点に立ち返ることで、グローバルに「ヤマハらしさ」を伝えていく。言葉にすればシンプルだが、道のりは長い。「4月末に初めて、グローバル会議を日本でおこないました。今度は海外でもおこないます。これまでのように、本社で製品を作って、あとは各市場でなんとかする、というやり方ではなく(各国の)意見を聞きながら、その統一化をしていきたい」と北條氏は話す。

また世界規模での取り組みとは逆に、地元である磐田市でも地域に密着したブランド戦略を行いたいという。

「これは私が勝手に言っていることではありますが、やはり我々の本拠地は静岡県の磐田市であり、遠州エリア。ここを発信基地として、グローバルに通用するブランディングをやりたいと思っています。遠州エリアを中心として、ヤマハのブランドを体験できる施設をたくさん作って、世界中の人にここに来てもらって、ヤマハを楽しんでもらう。ここだからこそできることがあるのではないか。まずはここで働くヤマハ社員、そして販売店や関係会社の皆さん、最終的にはお客様に向けた活動につなげていけたら」(北條氏)

早速、新たな取り組みも開始した。一つがSNSの積極展開だ。4月にはスマートフォン向けショート動画共有アプリ「tiktok」の公式アカウントを立ち上げた。「あえて公式っぽくないものを色々やってみよう」と、「静岡県民が標準語と思っている方言あるある」や「モーターサイクル開発社員の通訳」といったトレンドを踏襲した“ネタ動画”を投稿し続けている。

また、従来から開設していた「Instagram」、そしてオウンドメディアの「HATSUDO」をより積極的に活用し、生活を“より良くする”ための気づきを提供し、ブランドへの共感を得ることを目指す。

デジタルだけでなく、リアルへの展開も計画している。静岡県磐田市の本社に併設される企業ミュージアム「ヤマハコミュニケーションプラザ」のリニューアルだ。これまで二輪をはじめヤマハ製品やその歴史をたどる展示が行われ、ヤマハファンを中心に人気スポットとなっていた。リニューアルでは体験型コンテンツを増やし、若年層や新規ファンの獲得を目指す。横浜みなとみらいの「Yamaha E-Ride Base」でも同様の展開を行う。

ヤマハは古くから、リアルな体験価値の提供に重きを置いてきたブランドだ。トレンドを追う製品を作って売るのではなく、製品を通じて生まれるライフスタイルや人生観の変化、QOLの向上など、常に“一歩先”を見据えたものづくりや仕組みづくりを行ってきた。それが「洗練されたデザイン」や「先進感」といったブランドイメージにつながり、ファンを惹きつけている。そうした体験価値の根底にあるのは「遊び」だ。

「ヤマハの社員は仕事以上に“遊ぶ”んです。だから月曜日に怪我をしている社員も少なくないですが(笑)、我々の製品は必ずしも生活必需品ではありません。自分が体験して楽しいものを人に伝えたいという気持ちがあって、その“遊び”や“好き”がヤマハらしさをつくってきました。10年後のブランドをどうするかという議論では、この先AI化などで個人の時間の余裕ができてくる中で、そこでちゃんと人間が自分で操縦して遊べる、というのが大事なのでは。人機官能や人間研究という言葉を我々は使いますが、“全自動ではない遊び”にこそ、我々の目指すものがあると考えています」(北條氏)

“中”から変えるブランド戦略、そしてそこから生まれる“遊び”が、市場に共感をもたらすことができるのか。その挑戦は始まったばかりだ。

編集部注:この記事はAIを使用して作成されており、Response.jpの記事を元に、内容を変更せずにリライトしたものです。
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