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出光興産の大型石油タンカー「出光丸」が日本時間4月28日夕、イランによるホルムズ海峡の事実上の封鎖を受けて足止めされていたペルシャ湾から同海峡を通過した。翌29日、東京のイラン大使館はX(旧ツイッター)に1953年の日章丸事件について「両国間の長きにわたる友情の証」と投稿した。この出来事をきっかけに、日本とイランの関係の歴史に注目が集まっている。
イランは核問題や反イスラエル・反米姿勢で国際的な孤立を深めているが、日本との間には独自の友好関係がある。イラン人の間では「日本は特別だ」とよく口にされる。この友好関係の背景には、どのような歴史があるのだろうか。イラン駐在経験のある記者が紹介する。
日本とイランのつながりはシルクロードを通じた交易にさかのぼる。7世紀ごろのササン朝ペルシャの工芸品は奈良の正倉院に所蔵され、ガラスの器「白瑠璃碗」は有名だ。1880年には明治政府の使節団がカジャール朝ペルシャを訪問し、テヘランで国王に面会した記録も残る。正式な外交関係が樹立されたのは1929年だが、第2次世界大戦中の1942年に英国やソ連の圧力で断交。戦後の1953年に外交関係を再開した。
この年、イランから石油を運搬していた日章丸が、アングロ・イラニアン石油会社(現在のBP)の差し止め請求を受けて英国海軍に拿捕される事件が起きた。日本は国際司法裁判所に提訴し、最終的に日本側の主張が認められた。この事件は「日章丸事件」として知られ、日本とイランの結束を強めた象徴的な出来事とされる。イラン大使館の投稿は、この事件を「友情の証」と位置づけたものである。
日章丸事件を描いた小説としては、百田尚樹『海賊と呼ばれた男』(2012年)や石原慎太郎が1960年に出版した『挑戦』がある。石原はこの小説のテーマを「ニヒリズムを超えるためのナショナリズム」と語っている。両国の友好関係は、こうした歴史的な出来事や文化的な交流に裏打ちされ、現在も続いている。