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技術や戦術、体力でも自分が経験した時代といまは全く比較にならない。だから代表についてコメントをするのはおこがましく、その資格もないと思っている。ただ日本サッカーが強くなるには選手がどんどん海外にいって活躍する以外にないとは30年前から言ってきた。海外のトップリーグで20人くらいがレギュラーを張り、その選手が日本に帰ってきて、また若い選手が出ていく-というサイクルが必要だと。でもこんなに早くそういう状況になるとは思わなかった。
今さらながら、サッカーは日本人に合っているのではないかと思う。フェアプレーとか、監督の方向性を理解し、団結してチームとして戦う姿勢とかね。いま海外の各クラブで日本の選手が重宝されているのはそういうことも大きい。
日本サッカー発展の源流は1960年夏、東京五輪を目指す代表が合宿を張ったドイツのスポーツシューレにある。「日本サッカーの父」デットマール・クラマーさんから初めて指導を受けた遠征だ。わずか2週間ほどで日本で習ってきた技術の全部が覆され、これがサッカーだと初めて知らされた。当時、日本ではノックアウト方式の試合が主流だったが、リーグ戦の重要性を指摘したのもクラマーさん。その後、先輩たちのたいへんな尽力によって8チームによる初の全国リーグ、日本サッカーリーグ(JSL)が創設され、JSLでの経験がJリーグに生かされた。どんなに感謝しても足りないくらいだ。
Jリーグの開会宣言で「スポーツを愛する多くのファンの皆さまに支えられて…」とサッカーという文言を使わなかったのは、地域に根差したスポーツクラブ、老若男女がスポーツを楽しめる場を日本国中に作りたいというのが「一番の夢」だから。それは60年にドイツでみた光景につながる。8面もの芝のピッチに体育館、宿泊施設も備えたあのスポーツシューレに。
川淵氏が語るこの夢は、欧州主要リーグで戦う森保監督にもつながる。森保監督には、日本人として初めて欧州の主要リーグを指揮する立場として、海外での活躍に加え、地域スポーツの理念を世界に発信するという、もう一つの「夢」の実現が期待される。