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自衛隊員の国歌斉唱「外観」論点すり替えに喝 国防ジャーナリスト・小笠原理恵

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Kenji Watanabe
政治 - 10 5月 2026

4月12日の自民党大会で自衛官が国歌を斉唱したことを巡り、一部の新聞は社説で「国民の信頼を損ねる政治利用だ」(同21日付毎日)などと、防衛省・自衛隊や自民党を批判した。政治の側に現職自衛隊員が論争に巻き込まれないための配慮が足りなかったことが残念でならない。

自衛隊員には、自衛隊法と施行令により政治的目的を持った行為が厳しく制限されている。問題の所在は、当該行為がその規制に該当するかどうかだ。朝日が同17日に配信した一橋大の江藤祥平教授(憲法学)へのインタビュー記事には、この点で違和感があった。

江藤教授は「国歌を歌う行為は、一般的には政治的な行為ではない」としながらも「問題は、客観的に見て自衛隊が党派的に利用されているように見えるかどうか」「自衛隊員として紹介されることもなく、私服を着てソプラノ歌手として歌っていれば問題ないでしょう」と指摘した。どう見られるかという「外観」を評価軸にしている。

法的に問題とされる政治的行為は内容と目的で判断されるべきであろう。外観は論点のすり替えではないか。

国家公務員の働くルールである人事院規則でも政治的目的を持って行われる政治的行為が制限対象とされているが、人事院の資料には政治資金パーティーの参加について「出席するのみでは政治的行為の制限の対象とならない」と明示されていた。その場で特定の政党などの支持や反対といった言動を行うかどうかが判断の軸となっている。

自衛隊員は政治的意思表示はしていない。歌手として国歌を歌唱したにとどまる。江藤教授は記事で「寺西判事補事件」を引き合いに出していた。同事件は裁判官が、組織犯罪対策関連法案に反対する集会に裁判官の身分を名乗って発言したことが、裁判所法が禁じた「積極的な政治運動」に当たるとして処分されたもので、今回の国歌斉唱とは性質が異なっている。

「(国歌斉唱、自衛隊の制服、党大会の)象徴行為が重なることで、政治的意味合いを帯びて受け取られる可能性が高まります」(江藤教授)と、外観の印象から問題視するのはいかがなものか。違法かどうかではなく、違法に見えるリスクがあるかどうかで論じてよいのか。自衛隊の政治的中立性が重要なのは言うまでもない。ただ、それはあくまで違法性に基づいて判断されるべきである。明確な基準もないままにどのように見えるのか、というあいまいな評価が許されてしまえば、報道はなんでも問題視できてしまう。その論法は人権との関係においても慎重であるべきではないか。

編集部注:この記事はAIを使用して作成されており、産経新聞の記事を元に、内容を変更せずにリライトしたものです。
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