
幕末のわずか6年、歴史の表舞台に立った新選組。彼らには、長らく「賊軍」との悪評がつきまとっていた。そうした中、幕末維新史研究家の木村幸比古さん(77)は約60年前、局長の近藤勇、副長の土方歳三らを輩出した東京・多摩地域(武蔵国多摩郡)を訪問。その後の自らの人生にも影響する出会いを経て、「敗者の歴史」を正しく見据えるまなざしを培った。
東京都西部に位置する日野市の中心部。〝聖地〟が点在し、「新選組のふるさと」として知られる地だ。木村さんが初めて訪れた当時、この地域は畑や雑木林が広がり、隊士たちが生きた時代に近い風景だったという。
「当時は畑や雑木林が広がり、彼らが生きていたころにより近い風景だったでしょうが、『新選組』という歴史の薫り、雰囲気はほとんど感じられなかった」。昭和42(1967)年春、木村さんは初めてこの地を訪れた。別の目的で訪ね、道に迷った末にたどり着いたのが、日野市東部にある土方の生家だった。
高校生の頃、司馬遼太郎原作の「新選組血風録」をテレビドラマで見て、俳優の栗塚旭演じる土方の姿に「こんな生き方があるんだ」とひかれた。当時は明治維新から100年前後。関連イベントが開かれ、書籍も数多く出回っていたが、主役は薩摩藩や長州藩といった勤王派ばかりだった。
「国を二分して新たな日本をつくり出したとき、新政府側は自分たちの正統性を主張するため、新選組や幕府側をすべて『悪』にしなければならなかった」。1世紀を経ても、通説は変わっていなかった。木村さんは敗者に光を当てる重要性を訴える。