t>

沖縄県名護市辺野古沖で3月に発生した船2隻転覆事故で、負傷した高校生を那覇市内のホテルまで送ったジャンボタクシーの40代男性運転手が産経新聞の取材に応じ、当時の生徒らの様子を初めて明かした。生徒は「海水を死ぬほど飲んだ」などと事故の恐怖を語っていたという。
事故は3月16日午前10時10分ごろ、辺野古沖で発生。米軍普天間飛行場の辺野古移設に反対する抗議船「不屈」が転覆し、約2分後に「平和丸」も転覆した。この事故で平和丸に乗っていた同志社国際高(京都府)2年の武石知華(ともか)さん(17)ら2人が死亡し、高校生と乗組員計14人が重軽傷を負った。
タクシー運転手が負傷した生徒を乗せたのは、名護市内の病院から事故から約7時間後の午後5時過ぎだった。乗車定員10人のジャンボタクシー2台に男女分かれて分乗したといい、運転手は「スリッパを履き、大きなタオルで顔を隠した男子生徒7、8人が乗り込んだ。事故のことは知らなかったので、何だろうと思った」と振り返る。
目的地は50キロ以上離れた那覇市内のホテル。車を走らせると、車内で生徒らは「ライフジャケットが引っかからなくてよかった」「今まででいちばん大きな声を上げた」「手を骨折した」「死なないでよかった」などと事故当時の状況を話していたという。
運転手が「海難事故でもあったんですか」と尋ねると、生徒らは押し黙り、車内は静まり返った。余計なことを聞いてしまったと思い、「すみません」と謝罪した。
カーラジオをつけると辺野古沖事故のニュースが流れた。運転手はとっさにラジオを消した。沖縄自動車道の中城(なかぐすく)パーキングエリア(中城村)に立ち寄るよう指示され、駐車場にとめると、同校の教員とみられる若い女性が助手席に乗り込んできた。ホテルに向かうまで、女性は生徒から事故の状況や負傷程度を聞き取っていた。
運転手は「聞き耳を立てていたわけではないが、生徒らが事故の被害者であることに気付いてから何も聞けなかった」と生徒らの心情をおもんぱかった。(大竹直樹)