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高麗神社訪問と白村江の戦い:歴史認識の乖離が示す朝鮮半島有事への教訓

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Kenji Watanabe
国際 - 27 7月 2026

先ごろ天皇、皇后両陛下が埼玉県日高市にある高麗神社を訪問されたというニュースを、韓国のマスコミは写真付きで大々的に伝えていた。この神社が古代・朝鮮半島の高句麗から渡ってきた渡来人を祭っているということで、両陛下が古代史における朝鮮半島の日本への影響に強い関心を持たれていることを歓迎し、大喜びしているのだ。

このところ韓国人との会食でよくこの話が出る。陛下は日韓共催のワールドカップ・サッカーを前にした2001年の誕生日会見でも「(奈良時代の)桓武天皇の生母は百済王の子孫」という「続日本紀」の記述を紹介され「韓国とのゆかり」を語られている。したがって天皇陛下は韓国では親韓派と思われているのだ。

韓国人は古代史というと朝鮮半島が一方的に日本に恩恵を与えたように思っていて、いわば先輩気分で意気揚々となる。今回もそうだ。そこで韓国人にいうのが7世紀、日本が百済復興の支援軍を派遣した「白村江の戦い」だ。

百済・日本連合軍と唐(中国)の支援を受けた新羅・唐連合軍の戦いだったが、日本軍は大敗し水上で壊滅する。そのときの派遣兵力は「最低でも3万7千余」(中村修也著「天智朝と東アジア」NHKブックス刊)にもなる。あの時代にこの数はすごい。

この歴史的事実は、韓国人の一方的な恩恵史観に冷水を浴びせる。朝鮮半島有事に際し、日本が過去の過ちを繰り返さず、深入りして逆に後世に禍根を残さないための教訓として、両者の認識の違いを冷静に伝える必要がある。

編集部注:この記事はAIを使用して作成されており、産経新聞の記事を元に、内容を変更せずにリライトしたものです。
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