t>

京都伏見工高元監督の山口良治さんが29日、83歳で死去した。教え子たちは恩返しがかなわず悔しさを募らせている。元日本代表の杉本慎治さんは「これから恩返しをしようと思っていたのにかなわなかった」、高崎利明さんも「まさかこのタイミングとは思わなかった」と声を詰まらせた。
山口さんは生前、産経新聞の取材に「生徒には『こうしろ』と指示するのではなく、『どうなりたいか』と問いかけ、夢を抱かせるようにしていた」と語っていた。
杉本さんは「生徒の潜在能力をいかに引き出すかということをよく考えてくれていた」と振り返る。危険なスポーツなだけに、気を抜いたプレーを見せると容赦なく叱責が飛んだ。一方で「当たり前のことを当たり前にできなかったら勝てるはずがない」「期待される男になれ」と寄り添うように言葉をかけてくれたという。
杉本さんは1年時から全国大会のメンバーに起用され、初の全国制覇を達成。3年時にはキャプテンを務め、その後も進路を決める際は山口さんに相談し、同志社大、神戸製鋼で活躍した。「先生の教え通りに歩んできたラグビー人生でした。先生の教え子で私は幸せでした」と感謝した。
杉本さんの2学年上で「ミスターラグビー」こと故平尾誠二さんと同級生だった高崎利明さんは、山口さんの勧めで山口さんの母校・日本体育大へ進学。教員となって伏見工に赴任し、山口さんとともに歩んだ。
高崎さんは「先生の一番近いところにいましたね」と語る。山口さんは「夢を描いて頑張ったらこんな未来が待っている」と熱く語ってくれ、その姿は「教員になってからも自分の見本でした」と話す。
山口さんが監督を退任した後も絶えず連絡を取り合い、定期的に食事に行った。晩年は脳梗塞を患い足が不自由になっていた山口さんに、施設に入ることを勧めたが、頑として受け入れてくれなかった。
山口さんが病院に搬送されたと連絡を受けたのは今月29日午前。急いで駆け付けたが間に合わなかったといい、悔やんだ。「まさかこのタイミングとは思わなかった。山口先生に僕の人生を変えてもらえた。これから恩返しをしようと思っていたのにかなわなかった」
(江森梓)