
日本初のスポーツ実況中継は、NHKのラジオ放送局が大阪で行った。昭和2年8月、甲子園球場の全国中等学校優勝野球大会を新人アナウンサーが担当した。その内容は興味深い。
「ソラ、ボールツウ。ソラ、飛びました、三塁へ」と、体言止めで歯切れよく実況した。NHKアナウンサー史編集委員会は「少しでも大阪のイントネーションの出るのを防ぎたいという潜在的な意識が働いていた」と論評している。
これらの話は、長﨑励朗(れお)・桃山学院大准教授の著書『大大阪という神話』(中公新書)で知った。がめつい、おもろい、こてこて――「大阪らしさ」の根源は押し出しの強さや東京への対抗心だけだと思っていたが、憧れもあったようだ。長﨑氏はこれを「均質化の欲望」と表現している。
街の景観だけを見れば、大阪は東京と似ているといえる。それでも「大阪らしさ」が損なわれたとは思えない。市民の任意団体が国の支援なしに五輪招致を目指したり、採算が危ぶまれた令和の万博を成功させたりした。ひねくれ者のしたたかさこそ、大阪の「らしさ」だ。
吉村洋文・大阪府知事が熱心に推進する「大阪都構想」を、市民はどう見ているのか。府と大阪市の二重行政を解消するというメリットを訴える声は、過去2度の住民投票で大阪市民に否決された。3度目の今回、関わるのは「副首都構想」との関係も気になる。
今後の成り行き次第で府民の投票にかけられる可能性もあると聞く。京都に近い北摂、奈良に近い河内、堺や岸和田などの南部の街々があり、言葉も文化も人情も多種多様な大阪である。人々の「らしさ」を動かすには、行政の効率性を訴えるだけでは不十分ではないかと感じる。