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「80円のジュースを買って、100円払いました。おつりはいくらでしょう?」——引き算の定番である「おつり問題」が、近い将来消えてしまうかもしれない。ある参考書監修者の話である。
理由は単純で、「おつり」という言葉自体が子供たちに伝わらなくなっているからだ。キャッシュレス決済が主流となり、親の買い物を隣で見てもおつりを受け取る場面が一切ない。経済産業省のデータでは、キャッシュレス決済比率は2023年に58%に達し、政府は2030年までに65%を目標としている。これは子供たちのせいではなく、社会の常識が変わった結果である。
言葉は常識に伴って変化する。例えば「天気予報」という言葉は、大正時代の大日本国語辞典では「あてにならない予言」と定義されていたが、約1世紀にわたる予報精度の向上により、現在ではその意味は失われた。また、外来語の収録状況も社会変化を反映する。放送開始前の「テレビ(テレビジョン)」が立項されていないなど、言葉と社会常識の変わりようがうかがえる。
科学技術が急速に発展する時代、文化や言葉が変化の痛みを直接負う。その影響は教育現場にも及び、「おつり問題」は「残額問題」に取って代わられる可能性がある。
「残額は20円です」では少し寂しい——筆者のそんな思いは、言葉の変化に対する一抹の寂しさを物語る。しかし、言葉は生き物であり、社会の変化に応じて姿を変える。我々はその流れを受け入れながら、新たな教育の形を模索する時にある。