
世界遺産・平城宮跡(奈良市)を横切る近鉄奈良線の移設計画に「待った」がかかっている。景観改善や周辺の交通渋滞緩和を目的に奈良県前知事の荒井正吾氏らが進めてきたが、4月の知事選で初当選した山下真知事が否定姿勢を示した。
5月8日の初登庁で山下氏は、荒井氏が進めてきた宮跡外への移設計画について否定的な見解を表明。就任前の産経新聞インタビューでは「移設は膨大な費用がかかる一方、利用者にとっては迂回による所要時間増加でメリットがない」と指摘しつつ、「電車が宮跡を通ることは観光資源になり、デメリットではない」とも述べていた。
計画の発端は、平成20年に宮跡一帯が国営公園として整備される決定を受けたことだ。宮跡内を走る鉄道が景観上の課題として浮上し、県などが移設を検討し始めた。
当初、近鉄側は移設に消極的だったが、29、30年に大和西大寺駅周辺の8カ所の踏切が交通渋滞の慢性化で国の「改良すべき踏切道」に指定されたことを受け、県や奈良市と協議。令和3年3月に線路移設を含む改良計画を国に提出した。
計画では、大和西大寺駅と周辺線路を高架化し、宮跡を横切る線路は南側へ移設、宮跡南から近鉄奈良駅までを地下化して「開かずの踏切」8カ所を解消。宮跡南の朱雀大路への新駅設置も検討し、42(2060)年度完了を目指す。4年度予算には基本設計調査費7000万円を計上した。
県の見積もりで工事費は1260億円。移設先の用地取得のめどは未定で、別途費用がかかるため総事業費はさらに膨らむ見通しだ。宮跡付近では多くの奈良時代の木簡が出土しており、新ルート上の発掘調査に時間がかかる可能性もある。
こうした背景から「県の税収増が見込めず財源投入すべきでない」(県議)と批判がある一方、移設を求める声もある。NPO法人「平城宮跡サポートネットワーク」の鈴木浩理事長は「史跡内を電車が通るのは本来的に正しい姿ではない。費用対効果だけで評価できない」と話し、ある考古学者も「訪問者の理解促進のため、史跡本来の景観を保つことが大切だ」と述べている。
山下氏は大和西大寺駅高架化による踏切解消は「必要」と認めつつ、地下化には「あまり意味がない」と指摘。今年度予算の線路移設位置調査費(1億2500万円)の執行を一時停止し、県担当者へのヒアリングを進めている。近鉄奈良線は大正3年に開業、当時は平城宮跡の全容が不明で、遺構を避けて農地に敷設されたが、戦後の発掘調査で特別史跡に指定され、結果的に線路が宮跡を横切ることになった。