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金融が経済に不可欠でなくても、なぜ世界を振り回し続けるのか

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Aiko Yamamoto
経済 - 11 8月 2026

今週もまた別の学会で清滝信宏先生とご一緒したが、編集者が前回「ノーベル経済学賞候補〈世界の清滝教授〉に居酒屋でケンカを売る…」といった挑発的なタイトルを付けたため、こちらから話しかけることはもちろん、相手に話しかけられることにおびえて過ごすことになった。本来ならば、むしろ議論をする絶好のチャンスなのにである。

もちろん、議論ができなかったのはタイトルのせいだけではない。私の小幡理論はまだ議論を挑むには心許ない状況であり、来年までには、ある程度、世に問うことができるもの(居酒屋レベルプラスアルファ)にしなくてはならない。

ケインズは「一般理論」で予言した。健全な経済が発展していけば、まもなく資本蓄積は十分となり、「利子生活者の安楽死」という世界がやってくる。資本が十分に存在し、希少でなくなれば、資本の価格はゼロになる。つまり利子率はゼロになり、利子で食べてはいけなくなるのである。

しかし現実には、金融は経済発展にとっての重要性を失っても死なず、むしろ世の中をいっそう激しく振り回している。この逆説はなぜ起きるのか。資本が飽和しても、金融は貸し出しの利ざやではなく、資産価格の変動や負債の膨張を通じて所得やリスクを再分配する力を強めているからではないか。

金融が「実体経済のための道具」から「経済そのものを動かす主役」へと変貌した以上、利子率がゼロになっても金融は消えない。低金利下では、わずかな利ざやを求める資金が投機へ流れ、金融市場の混乱が実体経済を揺さぶる。だからこそ理論も、ケインズの予言を繰り返すのではなく、金融がなぜ生き残り、力を増すのかを説明しなければならない。

編集部注:この記事はAIを使用して作成されており、東洋経済オンラインの記事を元に、内容を変更せずにリライトしたものです。
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