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戊辰戦争で白虎隊が自刃した悲劇の地として知られる、福島県会津若松市の飯盛山に不思議な建物がある。「会津さざえ堂」といい、建立は江戸時代。六角形の建物は二重らせん構造になっており、木造では世界唯一とされ国の重要文化財に指定されている。他に例がない建物はなぜできたのか。その謎に迫った-。
会津さざえ堂が建てられたのは江戸後期の1796年(寛政8年)で、二重らせん構造を考案したのは飯盛山にあった正宗寺の郁堂禅師。飯盛山で土産物店などを手掛ける山主飯盛本店=飯盛正徳社長(65)=が管理・運営を手掛けており所有者は飯盛社長。平成7年に国の重要文化財に指定されている。
建立当時、多くの庶民は和歌山、大阪、兵庫、京都、奈良、滋賀、岐阜の2府5県に点在する33カ所の観音霊場巡礼に憧れたが、実現は困難だった。この夢をかなえたのが会津さざえ堂。33カ所の観音像を安置し、「西国三十三所巡り」が手軽にできるスポットとして人気を集めた。
二重らせん構造のスロープを右回りに1周半歩くと最上部に着き、さらに進むと下りになり左回りに1周半で出口になる。引き返すことなく元に戻れて人とのすれ違いもない。通路の傾斜は想像以上に急で歩くとギシギシ音もする。仏堂の一種であるさざえ堂は全国各地にあったが、二重らせん構造は会津だけだったという。
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