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「うーん、マンダム」半世紀の時を超え:チャールズ・ブロンソンと大林宣彦が見せた奇跡のコラボ

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Aiko Yamamoto
国際 - 09 7月 2026

テレビCMから世に広まった「うーん、マンダム」のキャッチフレーズ。化粧品会社マンダムのCMが放送されたのは半世紀前の約10年間だが、ジョークや困ったときの感想をつぶやく際、「うーん」から続く言葉として親しまれた。CMはハリウッド俳優と日本を代表する映画監督が異色のタッグを組んで制作されたものだった。名せりふが生まれた秘話を探った。

CMは昭和45年7月、男性用の整髪料などの新商品「マンダムシリーズ」のプロモーションとして放送が始まった。巨大な奇岩が並ぶ米国西部のモニュメントバレーの荒野に、口ひげが印象的な米俳優の故チャールズ・ブロンソンさんが馬にまたがって登場。水辺にたどり着き、テンガロンハットですくい取った水を豪快に頭からかぶると、あごをなでながら冒頭のせりふを発する-。CMは主にこのような内容で、54年まで計5作品つくられている。

マンダムによると、商品コンセプトは「男の体臭をまぶす」だった。同社のCM制作チームが当時の「理想の男性像」として知性やたくましさ、愛情を表現できる役者を探し、売り出し中だったブロンソンさんに白羽の矢を立てた。ハリウッドにつてがなかったため、電報を打った上で直接交渉に臨んだという。

その際、ブロンソンさんから「なんで僕なんだ? CMのためにひげをそるのはごめんだよ」と言われたが、チームのスタッフが「今のままのあなたで、マンダムシリーズの『男の体臭』を表現してほしい」と口説き、オファーを受けてもらったと社内に伝わる。出演料は当時の同社としては奮発したが、ハリウッドスターとしては抑えられたものだった。

監督を務めたのは、「転校生」や「時をかける少女」で知られる映画監督の故大林宣彦さん。スタッフが「ブロンソンさんと仕事をしませんか」と持ちかけると、大林さんは驚きながらも「いい役者に目を付けたな。非常にいい作品がつくれそうだ」と期待を膨らませたという。

そしてあの名せりふは大林さんの発案で生まれた。台本ではナレーションによる「マンダム 男の世界」が決め言葉になる予定だったが、大林さんは周囲に「ブロンソンさん自身が語る何かがほしい」と話していた。撮影の合間、ひげを頻繁に触るブロンソンさんのしぐさを見たことでひらめき、ひげを触りながら「うーん、マンダム」とつぶやいてもらうことになった。

実は、このCMには社運がかかっていた。それまで同社は戦前からポマードで知られた「丹頂(たんちょう)株式会社」といい、消費者から古臭いイメージを持たれていた。広報担当者は「当時は新しかった男性用化粧品のマンダムシリーズを発売することで社のイメージを刷新する必要があった。経営危機もあり、未来の企業生命をかけていた」と説明する。

映画のような物語性のある内容で、ダンディーな外国人俳優が日本語で商品名をつぶやく印象的なCMは大きな話題を呼んだ。放送開始から半年で若者の間で商品の知名度が爆発的に高まった。CMで使用した曲のレコードは100万枚以上を販売し、ブロンソンさんのポスターが争奪戦になるなど社会現象になった。

CMと商品の大ヒットもあり、同社はCM放送開始翌年の46年4月に社名を「マンダム」に変更し、現在に至る。ただ、時代の変遷もあり、当初は「マン=男」「ダム=ドメイン(領域)」としていた社名の意味は、平成2年に「マン=ヒューマン(人間)」「ダム=フリーダム(自由)」と変えている。

CMの放送は40年以上前に終了しているが、キャッチフレーズはいまも多くの人の記憶に残る。広報担当者は「世代を超えて社名が話題になり、興味を持ってもらうきっかけになることはうれしい。当時の当社がそうだったように、これからも新しいものを生み出すチャレンジ精神で事業を展開していきたい」と力を込めた。(井上浩平)

編集部注:この記事はAIを使用して作成されており、産経新聞の記事を元に、内容を変更せずにリライトしたものです。
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