旭川女子高生殺害事件 懲役27年求刑への強烈な違和感

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Mika Nakamura
経済 - 13 6月 2026

筆者は学生時代、弁論部に所属していた。そのきっかけの一つが、昭和64年1月に発生した女子高生コンクリート詰め殺人事件だった。

この事件は、前年11月に東京の不良少年グループが埼玉県内で17歳の女子高生を拉致し、約40日間にわたって監禁。集団で暴行と強姦を繰り返した末、凄惨なリンチを加えて殺害し、遺体をコンクリート詰めにして遺棄したというものである。

平成元年3月、主犯格の18歳を含む17、16歳の少年4人が逮捕されると、残忍な犯行を報じる新聞に世論は激高した。しかし少年法により犯人は匿名とされ、極刑も科せられない。被害者や遺族の苦しみより加害者の「人権」が重んじられる社会への憤りが、筆者を弁論部の門へと導いた。

当時の大学には人権派を気取る学生が多く、死刑廃止論が盛んに論じられていた。筆者は彼らに「もしも君の妹さんが残忍に殺されて、その犯人が懲役20年くらいでシャバに出てきたら、君は許せるのか。妹さんの顔を思い浮かべながら答えてくれ」と問いかけると、たいていは黙り込んだ。

だが周囲の何人かが考えを変えても、社会は変わらなかった。大学3年の夏、東京高裁は主犯の男に懲役20年の判決を下した。

その後、新聞記者として30年余りが過ぎ、社会は大きく変化した。平成17年の刑法改正で殺人罪の法定刑下限が引き上げられるなど、厳罰化が進んだ。

北海道の旭川地裁で8日、2年前に起きた女子高生殺害事件の裁判員裁判が開かれた。無職の内田梨瑚被告(23)らは、17歳の女子高生を車で長時間連れ回して暴行した上、全裸にしてつり橋の欄干に座らせ、川に落として殺した。極めて残忍な事件である。

しかし同日の論告求刑で、検察が求めたのは懲役27年だった。「なぜだ」と全力で問いたい。求刑通りなら内田被告は40代で社会復帰する。一方で被害者は戻らず、遺族の嘆きと苦しみは一生続く。

検察側は、犠牲者が1人である場合、過去の判例では有期刑が圧倒的に多いことを考慮したのだろう。しかし遺族にとって、その1人が全てなのである。たとえ判決で減刑されても、死刑か無期懲役を求刑すべきではなかったか。筆者にも子どもがいる。その顔を思い浮かべながら、震える手でこの原稿を書いている。

編集部注:この記事はAIを使用して作成されており、産経新聞の記事を元に、内容を変更せずにリライトしたものです。
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