
栃木県出身で戦後の歌謡界に大きな足跡を残した作曲家・船村徹さんの歌をテーマにした日光市の「日本のこころのうたミュージアム・船村徹記念館」が、来年3月末で閉館することが決まった。オープン当時は年間9万人を超える入館者を集めた人気スポットだったが、近年は来場者が減少し、赤字幅が拡大していた。市は施設の新たな活用方法を検討している。
船村さんは日光市の隣にある塩谷町出身。昭和28年に作曲家としてデビューし、戦後初のミリオンセラー「王将」や「矢切の渡し」「みだれ髪」など多くの名曲を生み出した。平成20年に文化功労者となり、同28年には歌謡曲の作曲家として初めて文化勲章を受章。日光市の旧制中学(現今市高校)を卒業し、晩年は市内の仕事場「楽想館」で過ごすことが多かった。
日光市は船村さんとのゆかりを広く知ってもらい、今市地区の活性化につなげる目的で、平成27年に道の駅「日光街道ニコニコ本陣」の開業に合わせて記念館を敷地内に開設した。指定管理者制度を導入し、管理・運営を委託してきた。
館内には船村さんの足跡をたどる展示ブースや作品を視聴できるコーナー、3D映像で名曲と日光の四季を楽しめる「夢劇場」シアターなどを設置。多くのファンや観光客から人気を集めた。
令和4年度までの累計入場者数は約31万7千人。最も多かった平成27年度は約9万5千人だったが、その後減少が続き、特に新型コロナウイルス禍では1万人を下回った。
市は入館者数の減少と維持管理費の膨らみを受け、数年前から新たな運営方法を模索。収支試算では運営を続けた場合、令和7年度までに赤字額が約8億円に達する見通しとなった。このため令和5年度から「夢劇場」の運営を停止し、人件費や事務費削減のため入館料を無料化した。
しかし今後の入館者増加が見込めず、維持管理費の増加による赤字拡大が避けられないことから、閉館を視野に船村さんの事務所などと協議。開館から10年となる令和7年度を区切りとし、施設の用途を変更して新たな活用を図ることにした。
市は来年4月から当面、施設の一部を起業相談業務に利用する予定。新たな活用については「市民の意見を聞きながら今市地区中心市街地のにぎわい創出に向けた中心施設と位置づけ、できるだけ早い時期に決めたい」(同市観光経済部)としている。
記念館の閉館に伴い、指定管理者は現在のまちづくり会社に加え、日光商工会議所との共同事業体が施設運営を担う方向で調整が進められている。今市地区の商業振興も視野に入れた体制となる。
開館から10年を経て閉館する船村記念館。にぎわいを創出する拠点として新たな活用が実現するか、注目される。(伊沢利幸)