
夕暮れ時、高台から港を見下ろすと、鉄骨の建造物が黄色く照らし出されていた。周囲が暗くなり輪郭が浮かび上がってくると、その存在感に圧倒された。長崎市のシンボル的存在である三菱重工長崎造船所の「ジャイアント・カンチレバークレーン」は、歴史と景色が融合する場として多くの人々を引きつけている。
このクレーンは高さ61.7メートル、腕の長さ73メートルで、150トンのつり上げ能力を持つ。日本初の大型電動クレーンとして、1世紀以上にわたり現役で稼働を続けている。その巨大な姿は長崎港の風景に溶け込み、昼夜を問わず人々の目を楽しませている。
明治42年(1909年)に完成したこのクレーンは、当時としては最新鋭の英国製だった。従業員の平均月収が16円という時代に、28万8千円という巨費を投じて建設されたことが、その重要性と価値を物語っている。
昭和20年、原爆が投下された際、クレーンは爆心地から直線距離で約4キロ弱の地点に位置していたが、大きな損壊を免れた。この出来事は、クレーンの堅牢性と運命を象徴する一節として語り継がれている。
現在、クレーンはタービンや大型スクリューなどの船積み作業に利用されている。クレーン上部の操作室へはエレベーターがなく、244段の階段を約8分かけて上らなければならず、作業員の体力と技術が試される現場でもある。
平成27年7月、端島炭坑(軍艦島)などとともに「明治日本の産業革命遺産」の構成要素としてユネスコ世界文化遺産に登録された。この登録効果もあって、長崎市の同年の観光客数は過去最高の669万人を記録し、クレーンは観光資源としても大きな注目を集めている。
クレーン内部は非公開だが、港周辺を歩けばその巨大さが一目でわかる。近くに住み、かつて造船業に従事していた今道勝行さん(72)は「日常の風景で世界遺産の実感はないけど、特に外国人観光客が増えた気がする。いいことだと思う」と話す。日本の造船業を支えてきた長寿クレーンは、今後も観光業との〝二刀流〟で活躍を続けるだろう。