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今年4月、ホンダの二足歩行ロボット「P2」が、世界最大の電気・電子技術者組織IEEEの「IEEEマイルストーン」に認定された。現在、Figure AIやTesla、Unitree Roboticsなどが激しい開発競争を繰り広げるヒューマノイドの世界。その原点の一つが、約30年前にホンダが生み出したP2であり、後に続く「ASIMO」の技術的基盤となった。その開発の核心を担った竹中透氏(一般社団法人ワークロイド・ユーザーズ協会=WUA特別アドバイザー)が、先ごろ開催されたWUAのイベント「人とともに進化するヒューマノイドの未来」で登壇。開発秘話と、その裏にあった設計思想を語った。
講演の冒頭では、ASIMOが時速9kmで走行し、片足・両足ジャンプをこなす映像、段差や坂道を滑らかに歩く様子、人と自然に会話しながら複数の指示を理解する様子が次々と紹介された。約四半世紀前に登場したASIMOの技術は、現在の目で見ても色あせない。竹中氏は、P2がIEEEマイルストーンに認定されたことを引き合いに、その背景にある開発思想を語り始めた。原点には、学生時代に師事したロボット研究の第一人者・森政弘氏(「不気味の谷」理論で知られる)から学んだ「二元性一元論」があったという。森氏がホンダ創業者・本田宗一郎氏から聞いた「車はアクセルだけで走るものではない。ブレーキとの調和があって初めて『走る』ことができる」という考え方が、後のホンダのロボット開発における「対立するものを高い次元で調和させる」思想につながったと竹中氏は振り返る。
1986年に始まったホンダのヒューマノイド開発。当時は「人間並みの二足歩行は20世紀中には実現できない」と言われていた。しかし竹中氏は、開発で本当に苦労したのは「歩くこと」ではなく「倒れないこと」だったと明かす。初期の試作機は、一歩踏み出すだけで30秒近くかかり、床に2cmの段差があるだけで簡単に転倒した。当時のロボット研究では「転ばないためには機械をできるだけ硬く作る」のが常識だった。しかし竹中氏はその常識を疑った。硬い構造では衝撃を吸収できず、転倒する。そこでホンダは足の内部にゴムブッシュを組み込み、足裏にはスニーカーのようなクッション材を採用。足首を柔軟に使って衝撃を吸収しながら姿勢を維持する「柔らかくする」発想の転換で、ロボットは飛躍的に安定して歩けるようになった。
竹中氏が繰り返し強調したのは、「人間の動きをコピーすること」が目的ではないという点だ。人は転びそうになると無意識に一歩踏み出し、歩幅を変え、身体を傾ける。しかし本人はそれを計算していない。重要なのは「なぜその動きになるのか」という原理を理解すること。ホンダは人間の歩行を観察し、背後にある力学や身体の使い方をモデル化。ロボット自身が状況に応じて最適な姿勢を選択できるようにした。さらに、当初は右足と左足を別々に制御し、片足支持と両足支持でアルゴリズムを切り替えていたが、思うような結果は得られなかった。竹中氏は「そもそも人は右足と左足を意識して歩いているのか」と考え、ロボット全体を一つの身体として捉える発想に至った。サーフボードの上に立つ人のように全身のバランスを制御すれば、片足でも両足でも同じ考え方で姿勢を維持できる。複雑だった制御は大幅にシンプルになり、歩行性能も飛躍的に向上した。
講演では、ホンダらしい開発文化を象徴するエピソードも披露された。研究所で従来方式の歩行が一定の成果を上げたため、「柔らかい足を使う方法は禁止」という方針が出た。しかし竹中氏は諦めず、正式なテーマではなくなった後も独自に実験を続けた。いわば“闇研究”だ。しかも上司は黙認していたという。約10か月後、この研究成果は正式に認められ、P2、そしてASIMOへつながる重要な技術となった。竹中氏は「ホンダには、新しいことに挑戦する研究者を支える文化があった」と振り返る。
現在、フィジカルAIの進展とともに、ヒューマノイドは生成AIやVLA(Vision-Language-Action)の進歩によって急速に「知能」を獲得しつつある。しかし、人と同じ空間で安全に歩き、作業するための身体制御という本質的な課題は30年前と変わらない。竹中氏が繰り返し語った「人を真似るのではなく、人を理解する」「常識を疑い、本質から考える」という開発姿勢は、Figure AIやTesla、Unitreeなど世界のヒューマノイド開発に通じる普遍的な哲学と言える。P2のIEEEマイルストーン認定は、過去の技術顕彰にとどまらず、現在も社会や技術の発展に影響を与え続ける歴史的業績としての価値を改めて認めたものだ。約30年前にホンダが切り拓いた開発思想は、フィジカルAI時代のヒューマノイド開発を支える原点の一つとして、今なお受け継がれている。