中村莟玉、7歳で梅玉に入門し歌舞伎役者への道

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Aiko Yamamoto
国際 - 22 5月 2026

幸運が重なり、6歳で日本舞踊のお稽古を始めてから1年もたたない平成16年3月、後に養父となる中村梅玉(ばいぎょく)の元へ通うことに。その時、梅玉は内心、「いつ飽きるかな」と思っていたそうです。

学業優先で土日だけ劇場に通ったのですが、歌舞伎座の楽屋はそれはそれは夢のような世界でした。出会った月の梅玉は、夜の部「義経千本桜 すし屋」の弥助を勤めていました。(片岡)仁左衛門のおじ様が権太で、憧れていた方が目の前にいらっしゃる。以前の歌舞伎座の楽屋は廊下も狭く、役者がひしめき合い、すれ違うだけでうれしくて、たびたびお手洗いに行ったほどです。

一門の兄弟子にもよくしてもらい、お芝居を照明室から見たり、舞台裏を案内してもらったり、楽しくて仕方がない。母から「学校の日は起きないのに、楽屋に行く日は起きる」と小言を言われました。

初めて舞台に立ったのは17年1月の国立劇場。本名の森正琢磨として、「御ひいき勧進帳」で小姓を勤めました。梅玉が勤めた富樫に付きじっと座っているお役で、そこで〝合格〟してお囃子などのお稽古ごとにも通わせてもらえるようになり、梅玉の部屋子として「中村梅丸」を名乗ったのが18年4月。名前をいただくことは、正式に歌舞伎役者になったことを意味します。晴れて梅玉率いる高砂屋一門の一員になりました。

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編集部注:この記事はAIを使用して作成されており、産経新聞の記事を元に、内容を変更せずにリライトしたものです。
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