
塩野義製薬の手代木功会長兼社長は、2025年度に実施した日本たばこ産業(JT)グループ医薬事業の買収など3事業で計8800億円以上の大型投資を行ったことについて、「特許に依存しない部分を持つことで経営の安定化を図りたい」と狙いを語った。大型新薬の特許切れによる業績悪化「パテントクリフ(特許の崖)」が避けられない製薬業界で、創薬力と収益基盤をどう厚くするか、次の一手が注目される。
塩野義が着手した3つの大型投資は、鳥居薬品を含むJTグループ医薬事業の買収(約1600億円)、田辺ファーマからのALS(筋萎縮性側索硬化症)治療薬「ラジカヴァ」事業の取得(約3900億円)、抗エイズウイルス(HIV)治療薬を手掛ける英ヴィーブヘルスケアへの追加出資(約3300億円)。矢継ぎ早に布石を打った背景には、業績が堅調な今のうちに次の収益基盤を築く狙いがある。
「医薬品はパテントクリフと無縁でいることができない」と指摘する手代木氏。塩野義はかつて高脂血症薬「クレストール」の特許切れという試練を経験したが、抗HIV治療薬事業を新たな柱に育て、収益基盤の転換に成功した。26年3月期の売上高に当たる売上収益と営業利益は4期連続で過去最高を更新しており、売上収益の過半数をHIV領域のロイヤルティー収入が占める。
ただ、HIV治療薬の飲み薬「ドルテグラビル」は29年ごろに特許切れが見込まれる。注射薬「カベヌバ」により、〝ドルテグラビル・クリフ〟自体は回避できるとの見方だが、手代木氏は「(カベヌバの特許も)永久に続くわけではない」と語る。
対策の一つが、ヴィーブへの追加出資だ。持ち株比率を21.7%へ引き上げ、持分法適用関連会社とした。同社のHIV事業への関与を一段と強める。ヴィーブと共同開発している注射剤への期待も大きく、手代木氏は「戦略的に極めて重要度が高く、良いタイミング、良いディールだった」と評価する。
将来の成長を左右する自社創薬力の強化にも力を入れる。JT医薬品事業の取得では約670人の研究人材に加え、人工知能(AI)や量子コンピューターなど最先端の創薬基盤を取り込む。手代木氏は「自社創薬60%以上は堅持し、低分子薬で世界一を目指す」と語る。
25年のノーベル生理学・医学賞を受賞した大阪大の坂口志文特別栄誉教授との共同研究を通じ、抗体医薬の本格開発にも乗り出しており、モダリティー(創薬の技術・手法)の多様化も進む。
北米で記録的な売り上げを更新していたラジカヴァ事業取得は過去最大の投資となったが、米国の基盤構築に欠かせないとみる。希少疾患領域の今後の展開も見据え、「今後の成長を考えたら非常に重要なアディション(新規事業)」と位置付けた。
手代木氏は、これまで掲げてきた30年度の売上収益目標8000億円について「過去のもの」と述べ、新たな計画で上積みを目指す可能性をにじませた。
新薬開発の難度上昇や最大市場である米国情勢の不透明感など製薬企業を取り巻く環境は厳しさを増している。次のパテントクリフを見据えて先手を打つ塩野義がどのような成果を示すかは、国内製薬業界の将来像を占う材料にもなりそうだ。(清水更沙)