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学校が一瞬で崩壊、放射能災害の恐怖も 戦時下の「当たり前」が奪い続ける青春  ウクライナ隣国から~戦禍の子供たちは今~

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Aiko Yamamoto
国内 - 14 5月 2026

4月26日、ウクライナ北部チョルノービリ(チェルノブイリ)原発は、旧ソ連時代の1986年に起きた爆発・放射能漏れ事故から40年の節目を迎えました。原発から西へ約70キロの場所に位置する中部ジトーミル州は、放射能汚染と闘い続けてきた地域のひとつです。

2022年の侵略開始後、ロシアはチョルノービリ原発を一時占拠し、その後もドローン攻撃などで、事故を直接経験していない子供たちに放射能災害の恐怖を与え続けています。その現実を如実に表す教育機関が、ジトーミル市の第25学校です。

創立は1919年。初等部から高等部まで、1200人の生徒と85人の教師が集う地域に根ざした学校でした。原発事故の教訓を胸に刻める学び舎(や)は、未来の夢に溢(あふ)れる子供たちの笑い声に包まれていました。

しかし戦争は、その「当たり前」を容赦なく奪いました。生徒数は795人にまで減少。さらに、そのうち120人は国外からのオンライン授業を余儀なくされます。

決定的だったのは開戦直後の2022年3月4日のミサイル着弾。校内にいた数人の教師とスタッフは地下へと避難し無事でしたが、学び舎は一瞬にして瓦礫(がれき)と化し、現在は更地になっています。

市は閉鎖されていた旧職業訓練学校を改修し、初等部の教室移転を決定。一方、中・高等部の生徒たちは同じく生徒数が減っていた第33学校の空き教室を間借りすることになりました。

国外の子供たちに帰属意識や一体感を持ち続けてもらう難しさ。2つの校舎を行き来しなければならない教師たちの負担。何より、慣れ親しんだ校舎に集えないことで生まれる目に見えない孤独感は子供たちの心を今も蝕(むしば)んでいます。

そんな中、原発の現状やエネルギー事情を知ってもらおうと4月20日、高知県香美市の香北中学校とジトーミル市の第25学校高等部の生徒がオンライン交流会を行いました。日本の中学生は「日本のエネルギー事情を知る機会にもなった」「夢が『平和』と聞いて、はっとした」と振り返り、ウクライナの生徒は「孤独感が和らいだ」「戦争が終わったら、ジトーミルに来て」と笑顔を見せました。

ウクライナでは、学校の再建はおろか、プリンターなど教育に必要な物資さえ足りていない戦時下の「当たり前」が4年を超えました。それは子供たちにとってはあまりにも長い青春の喪失です。だからこそ、心を癒やす交流会は、今後も計画していきたいと考えています。(日本語学校教頭 坂本龍太朗)

さかもと・りょうたろう 昭和61(1986)年生まれ、長野県千曲市出身。2010年、ポーランドの大学院入学を機に移住。11年、ワルシャワに日本語学校を設立し、教頭として日本語や和太鼓など日本文化を伝えている。著書に「ウクライナとともに 涙と笑顔、怒りと感謝の365日」(双葉社)など。支援先の詳細は千曲市ホームページ。Google検索で「産経ニュース」を優先表示。ワンクリックで簡単登録

編集部注:この記事はAIを使用して作成されており、産経新聞の記事を元に、内容を変更せずにリライトしたものです。
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