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田辺靖雄が語るウエスタンカーニバルの思い出 水原弘さんに「イエスタデイ」を教えた日

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Haruki Sato
経済 - 21 5月 2026

《日劇ウエスタンカーニバルでは、憧れていた先輩歌手たちとの出会いがあった》と田辺靖雄氏が振り返る。初対面で胸が躍ったのは「ワゴン・マスターズ」のボーカル、小坂一也さん。小学校高学年でテレビ越しに見た小坂さんは照れ屋で、恥ずかしそうに歌っていた。その控えめな雰囲気に惹かれ、実際に挨拶した時も同様だった。

小坂さんは田辺氏の9歳上の兄・義敦さん(元NHKアナウンサー)と成城学園の同窓で仲が良く、ある時、兄と遊んでいた小坂さんが服のままプールに落ち、着替えがないため田辺家を訪ねた。その際、田辺氏の姉のセーターを借りたというエピソードを小坂さん本人から聞いた。

「黒い花びら」で第1回日本レコード大賞を受賞した水原弘さんとの出会いも日劇ウエスタンカーニバルだった。水原さんは田辺氏がデビュー前から有名で、ふてぶてしい風貌と斬新なメロディーを難なく歌う姿に強く憧れていた。

初出演の初日、朝一番に水原さんの楽屋を訪ねた。ノックすると力強い「おうっ!」の返事。中に入ると水原さんは化粧台の前で背を向けていたが、「おはようございます。田辺靖雄です。本日はよろしくお願いします!」と挨拶すると、振り返らずに鏡に満面の笑みを映し、再び「おうっ!」。初対面の挨拶も格好良かった。

この出会いを機に、水原さんは田辺氏を頻繁に飲みに連れて行った。酒豪で親分肌の水原さんは、店で初対面の客ともすぐ意気投合し「一緒に行くぞ!」と皆を連れて次の店へ。後年、水原さんが多額の借金を抱えた背景には、後輩への過剰な心遣いがあったと田辺氏は推測する。

「黒い花びら」の大ヒット後、スランプを経験した水原さんは「君こそわが命」で見事に復活。田辺氏は復活リサイタルに伺い、楽屋で靴磨きなどの手伝いをした。

その時、水原さんが「ヤッチン(田辺さん)、俺はきょう、ビートルズの『イエスタデイ』っていう曲を歌うんだ。よく知らねえから教えてくれねえか」と頼んできた。本番当日だと驚いたが、懸命に教えた。付き人ではなかったが、水原さんの世話をできることに計り知れない幸せを感じたという。

《水原さんは昭和53年6月、コンサートツアー中に宿泊先の北九州のホテルで倒れ、翌月亡くなった。42歳だった》

小坂さんや水原さんと出会った日劇が解体されることになり、内田裕也さんの呼びかけで「サヨナラ日劇ウエスタンカーニバル」が開かれたのは水原さん没後3年の昭和56年1月。そのステージで田辺氏は「寺内タケシとブルージーンズ」と共に水原さんの「黒い花びら」を歌い、こみ上げる思いを必死に抑えた。(聞き手 大野正利)

編集部注:この記事はAIを使用して作成されており、産経新聞の記事を元に、内容を変更せずにリライトしたものです。
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