
2024年6月、沖縄県名護市安和桟橋で起きた米軍普天間飛行場の辺野古移設抗議中の事故で、重傷を負った女性の姉が16日、浦添市の集会で「妹は被害者でありながら、加害者に仕立て上げる動きが顕著だ」と主張し、産経新聞記者を名指しで非難した。
事故当時の映像には、抗議女性が土砂搬出トラックの前に立ちふさがろうとし、制止する警備員とともに衝突する様子が記録されている。警備員は死亡、女性も大腿骨骨折の重傷を負った。
姉によると、女性は10時間に及ぶ手術で回復し、現在は杖をついて歩けるようになったという。
姉は「『絶対に辺野古、安和の座り込みに戻ってやる』という強い気持ちでリハビリに耐えた」と述べ、「支えは『オール沖縄会議』共同代表の『骨は折れても心は折れない』という言葉だった」と語った。
抗議女性の日記が「フェニックス日記」と呼ばれていると紹介し「まさしく妹はよみがえった」と話すと、会場から拍手が起こった。
女性は警備会社を相手取った損害賠償訴訟を提起している。姉は「被告側は『飛び出した』『制止を振り切った』と主張するが、妹はボードを持って歩きながら『2台出し』に抗議しただけ。飛び出してもいないし制止もされていない」と反論した。
姉は県警での事情聴取について「重傷を負った被害者として聴取を受けると思ったら、加害者扱いだった。弁護士から『冤罪をでっち上げられる』と言われ、妹は完全黙秘を貫いた」と振り返り、「何を根拠に妹を加害者として絡め取るのか。県警や厚労省、防衛局に憤りを感じる」と述べた。
さらに、事故映像を報じた産経新聞記者の実名を挙げ、「『妹が警備員を殺した』というキャンペーンを貼(は)っている」と非難した。
集会は15日の沖縄復帰記念日に合わせて開かれ、登壇者からは全基地撤去や沖縄独立を求める声が相次いだ。(沖縄八重山日報)