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「ジロさんは戦争からも隠れてるのね。だから徴兵拒否をしたの」——連載小説「ファースト・ドーター、アンド…」第70回(産経新聞)で、白洲正子のこの言葉が初めて夫・次郎をおし黙らせた場面が描かれた。戦時中、多くの日本人が戦争に動員されるなか、白洲次郎はあえて徴兵を拒否し、隠遁生活を選んだ。
戦前から英国流の教養を身につけた白洲次郎は、官僚や軍部の姿勢に批判的だった。彼は「戦争は愚かしい」と公言し、1937年からは東京郊外の鶴川村(現・町田市)に居を構え、農業に従事しながら時局を静観した。この選択は周囲から非難を浴びたが、彼は自らの信念を貫いた。
一方、妻の白洲正子は次郎の決断を理解しつつも、内心では複雑な思いを抱えていた。小説では、正子が「あなたは戦争から逃げている」と指摘する場面が登場。次郎はこれに反論できず、初めて沈黙したというエピソードが、夫婦の深い絆と緊張関係を浮き彫りにしている。
戦後、白洲次郎は吉田茂首相の側近として活躍し、日本復興に貢献する。しかし、彼の戦時中の行動は、後年まで議論の的となった。連載は、ファーストドーターをめぐる物語を通じて、戦争と個人の倫理、家族の絆を描き続けている。
林真理子の筆は、史料に基づきながらも、白洲夫妻の人間味あふれる姿を生き生きと描き出す。今回のエピソードは、「戦争から隠れる」ことの意味を問いかけるとともに、個人の良心と社会の圧力の間で揺れる人間の葛藤を鮮やかに切り取っている。