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大阪市消防局は5月22日、新たな専門部隊「安全統括隊」を発隊し、翌27日から活動を開始した。この部隊は大規模火災現場において、急激な燃焼現象の兆候や建物崩落のリスクを客観的に監視し、状況に応じて消火活動の一時中断や隊員の退避を指示する。また、活動中の隊員が災害に巻き込まれた場合には、救出活動の指揮も執る。
安全統括隊設置の直接的な契機は、昨年8月18日に大阪・ミナミの繁華街・宗右衛門町で発生した雑居ビル火災である。この火災は1階のエアコン室外機周辺から出火し、壁面の大型広告や看板を伝って瞬時に最上階まで炎が到達。隣のビルへ類焼し、道頓堀川に面した2棟が全焼した。
火災後、全国の繁華街にある雑居ビルに対し緊急立ち入り点検が実施された。特に出火原因となった室外機周辺の整理や、類焼を促した外壁看板の安全性が重点的に確認された。
この火災では、消火活動にあたっていた消防隊員2人が退路を確保できずに殉職した。今年1月にまとめられた「大阪市中央区ビル火災事故調査報告書」は、複数の隊が現場で活動する中で火勢や煙の進展予測が困難となり、危機回避に苦慮した状況を記述している。
報告書は再発防止策として、最新技術を活用した装備の導入に加え、現場の安全を統括する専門部隊の創設を提案。今回具体化した安全統括隊は、消防隊員の生命を守ることに特化したチームである。
ビル火災で人命が失われるたびに、既存ビルの防災性能向上が呼びかけられ、時に新たなルールが採用される。昨年の火災からも新たな教訓が得られた。
そこで思い起こされるのは、昭和47年5月13日に発生した千日デパート火災である。日本ドリーム観光(旧千土地興行)が経営するビルが炎に包まれた。
千日デパートは戦前からこの地にあった大阪歌舞伎座ビルを改築し、昭和33年に新装開業した大規模複合商業施設だった。テナント数は約350、地下1階から地上3階までが専門店街、4階を特売品販売所、5階を診療所や美容室、6階に演芸場「千日劇場」と食堂街、7階を大食堂とした。42年には7階で「チャイナサロン・プレイタウン」が営業を開始。年中無休で午後9時まで営業し、仕事帰りの買い物も可能と宣伝。屋上遊園地の観覧車が界隈のシンボルだった。
全館営業終了後の午後10時半ごろ、千日デパートで火災が発生。改装工事中の3階売り場から出火し、衣服などが燃えて大量の有毒ガスが発生した。特にキャバレーで被害が大きく、階段やエレベーターシャフト、ダクトを通じて一気に上昇した煙で、ホステスや従業員が巻き込まれた。死者118人、負傷者81人、中には窓から飛び降りて亡くなる人もいた。
千日デパート火災の被害を拡大した要因として、改装による避難通路の迷路化、保安上の理由による非常口の施錠、店舗階の商品棚で窓が塞がれていたことなどが分析されている。
悲劇は繰り返された。翌年11月29日、熊本市の大洋デパートで火災が発生し、買い物客ら100人が死亡、負傷者120人を数えた。防火シャッターや避難階段の機能不全、屋上への扉の施錠など、千日デパートと類似した状況があった。
この連続した惨事が日本の都市防災の転換点となった。その後、排煙設備や避難通路に関する基準が大幅に強化され、既存建物にもスプリンクラーや自動火災報知設備、非常用エレベーター、停電時でも避難経路を確保する照明などの設置が義務づけられた。
一方で、設備が充実しても運営に問題があれば安全とは言えないという教訓も得た。特に不特定多数が集まる複合商業ビルでは、管理側に高度な安全管理や防火対策、避難動線の確保に詳しい専門人材が必要とされた。この社会的要請を受け、昭和49年に商業施設のハードとソフト双方に詳しい専門家を認定する「商業施設士」の民間資格が誕生した。
現在、私は商業施設士の資格試験を担う公益社団法人・商業施設技術団体連合会の会長を務めている。私の故郷であるミナミで子供の頃から遊びに出向いていた千日デパートの火災を契機に誕生した組織であることから、強い縁を感じて引き受けている。街の賑わいの根幹は、何より安全が確保されることにあると改めて強調したい。
はしづめ・しんや。大阪公立大学大阪アーバンデザイン&マネジメントセンター所長(大阪公立大特任教授)。京都大大学院、大阪大大学院修了。工学博士。大阪市立大教授、大阪府立大特別教授、大阪公立大特別教授を経て4月から現職。大阪・関西万博の誘致案策定に中心的役割。大阪府出身。65歳。