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満洲国で日本人官僚ナンバー2の総務庁次長などを務めた古海忠之(1900~83年)のことは、本欄で何度か書いた。
旧制三高(京都)時代は野球部の主将として活躍。東京帝大法学部を卒業して大蔵省(当時)に入り、後に満洲国の官僚に転じる。
終戦前後のソ連(当時)軍の満州侵攻の際には「150万人の邦人を見捨てては逃げられない」として、首都・新京(現中国・長春)にとどまった。
その結果、ソ連・中国で18年間の抑留生活を余儀なくされた人物である。
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