
3月8日、作家の山内マリコさんとFIFTYS PROJECT代表の能條桃子さんによる対談イベントが開催された。能條さんは大学生時代、デンマークへの留学をきっかけに若者の政治参加に強い刺激を受けたという。彼女は周囲の友人が投票に行くきっかけを作りたいと考え、インスタグラムアカウント「NO YOUTH NO JAPAN」を開設した。当時、わずか2週間で1.5万人のフォロワーを獲得し、友人からの肯定的な反応が大きな手応えとなった。
2021年2月、当時の森喜朗氏による「女性が入る会議は時間がかかる」という発言が報じられ、社会に衝撃を与えた。能條さんはこの報道を受け、友人たちと共にオンライン署名を立ち上げ、短期間で15.7万筆もの賛同を集めるに至った。これは彼女にとって、日本の男女不平等な現状に対して初めて明確な問題提起を行う一歩となったのである。その後も彼女は、「ジェンダー平等」を一時的な流行で終わらせないための持続的な活動を模索し続けた。
2022年8月には、地域からジェンダー平等の実現を目指す「FIFTYS PROJECT」を始動させた。翌年4月の統一地方選挙では29人の立候補を支援し、そのうち24人が当選を果たすという目覚ましい成果を上げている。また、若者の投票率が低い現状を単なる「若者の問題」として矮小化する風潮に疑問を呈した。これを受け、被選挙権年齢の18歳への引き下げを目指す「立候補年齢引き下げプロジェクト」を開始し、制度改革を訴えている。
2024年末には、相次ぐ性暴力被害の司法報道を受け、感情を共有する場として「言葉つむぐデモ」を東京駅前で開催した。多忙な年末にもかかわらず200人以上が集まり、社会に潜む痛みに寄り添う活動を展開した。さらに、大阪地検の元検事正による性犯罪被害を告発した女性を支援する会の立ち上げにも尽力している。2024年11月には、立候補の壁の一つである「資金がない」という問題に対処するため、「わたしたちのバトン基金」を設立した。
この7年間の歩みを振り返り、能條さんは「社会を変えるための一歩の前に、私自身を変えるための一歩一歩だったのではないか」と自身の内面を見つめている。かつて彼女が抱いていた葛藤は、「意識高い」って思われたくなくて自分の興味を友達に話せない私が変わるための一歩だった、という言葉に象徴されている。ジェンダー平等を「社会の問題」として話せるようにしたいと思って友人たちと署名を立ち上げた私の一歩は――、という問いかけが、社会のみならず彼女自身をも変えていった。社会の「当たり前」を疑い、今できる一歩を踏み出し続ける能條さんの姿勢は、次世代の政治参加に新たな光を当てている。
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